6月24日 その⑯
「どう?これで見える?」
「───見えます!マス美先生、ありがとうございます!」
俺は、マス美先生の手によって治療が施されて、傷つけられた瞼が痛まぬように、目を開けてもらった。
まだ、瞼の切り傷は残っていないけれども、これでものを視認することができる。
ずっと目を閉じていたので、外が明るいと感じると同時に、見えることへの安心感を胸に抱いた。
そんな安心感と同時に、俺に抱きついてくるのは、ずっと俺の診察を隣で見ていてくれていた智恵だった。
「よかった、よかったぁ...」
智恵は、安堵したかのように俺に抱きついてくる。スンナリと抱きついてこれている以上、もう俺の憤怒による発熱は治まっていたみたいだ。この発熱は、自分じゃ感じ取れないからこうして智恵が指標になってくれるとありがたい。
「───と、そうだ。栄」
「マス美先生、どうしましたか?」
マス美先生は、智恵ではなくデスゲームの運営として両親と仲良くしていて、金持ちの出自である愛香と付き合って欲しい───などと思っているから、俺と智恵がこうしてイチャつくほどに反対するのだろうか。残念だけど、俺はそんな提案には屈しない。
烈女伝に出てくる栄という女傑は、不善である夫と別れさせようと父親に呼び出されて叱責されたものの「これは運命の出会いだから、義として離婚はしない」などと言って、実家に帰らなかったのだと言う。
俺もそれに則って、義として智恵とは別れない。
「そんな怖い顔しないで。別に2人の関係に文句を言うつもりはないわ」
「───そうなの?」
「えぇ、別に何言ったって無駄なんでしょう?じゃあ、言ったって無駄じゃない」
「じゃあ、伝えたいことって...」
「七つの大罪だかなんだか知らないけど、そうやって何度も発熱を繰り返し続けると、栄。アナタの体は内側から溶けていくわよ」
「───は」
マス美先生のその忠告。憤怒の暴走に頼りっきりでは良くない───ということだろうか。
「母親として、皆を治すためにいる保健室の先生としての忠告よ。これを言ったことは、他の誰にも内緒にしてね」
そう口にすると、マス美先生は立ち上がって、保健室から出ていこうとする。呆気にとられた俺達に対して
「目、まだ治療中だから第7ゲーム『ジグジググジュグジュ擬似選挙』が終わったら来なさい。激しい動きをしたら、瞼の傷が開いちゃうから、戦闘とかはご法度よ」
などと口にして、そのまま出ていってしまった。
「あ、待って───」
智恵がそう口にして、マス美先生を追いかけようとその場を出たものの、もう既にその場にはいなかった。どうせ、四次元に戻っていったのだろう。
「智恵、追わなくていいよ。忠告だけ覚えてればいい」
「───うん、そうだね」
体の内側から溶ける───というのは想像したくないけれど、こうしてマス美先生がわざわざ忠告してくれる当たり、本当のことなのだろう。
栄は、俺の方へ歩いてくるとそのまま手を広げる。俺も、それに応えるようにして智恵に抱きつく。
ハグは、第7ゲーム『ジグジググジュグジュ擬似選挙』の暴力の判定にも、マス美先生の激しい動きにも入らない。
「好き」
俺は、心からそう言葉を漏らす。智恵がいたから、俺は裕翔に勝つことができた。
「私も、好き」
智恵は、少し恥ずかしそうに、だけどどこか誇らしげにそう口にする。お互いに、俺達は愛し合っている。愛し合えている。
俺は、保健室で永遠にも感じられるような5分間を智恵と抱き合って過ごした。今日は、お互いにハグをし合って寝よう。そう心に決めた。
───こうして、智恵と紬の誘拐事件は俺の、俺達の完全勝利という形で幕を閉じた。
第7ゲーム『ジグジググジュグジュ擬似選挙』も、もう半分は終わっているのだ。
明日の13時に行われる投票が終われば、俺と裕翔のどちらかが死亡するのは確定となる。
現在、裕翔に3票差を付けられてしまっているが、裕翔は「オレに票を入れなきゃ殴る」などと、皆のことを脅すだろう。俺にこうして敗北した───としたならば、尚更だ。
13時に投票しなければ、死ぬというルールがあるから、もしかしたら裕翔はそれに抵触するように再度智恵と紬を誘拐したりするかもしれない。
どんな行為に出るかもわからないから、どうにかして俺は裕翔よりも多い票を集めておきたい。
そうするためには、どうしたらいいだろうか。裕翔の妨害をすり抜けて「殴る」と脅されている皆に、俺に票を入れてもらえるだろうか。
───うん?
ふと、俺は閃く。
もし、これをするとしたら───
うん、行ける。
このまま行けば、俺は裕翔に勝つことができる。
裕翔はきっと、俺のことを「卑怯だ」などと罵詈雑言を重ねて罵るかもしれないけれど、裕翔も智恵や紬を誘拐するという非人道的な行為に走っているのだから、そこまで気にしなくてもいいだろう。
それを実行するには、皆にこの作戦を説明しなければならない。
バレずに全員に説明する場所は───ある。
今日の午後の、演説の時間に説明をしよう。
よし、勝てる。このまま行けば、俺は裕翔にまた勝てる。