6月24日 その⑮
本日は眺めです。
紬の過去はどの三次元でも共通。
栄と智恵が保健室へ向かっていた後の体育館で、敗北した裕翔が失神して倒れている体育館で、皇斗と愛香と九条撫子が覗き見ている体育館で、純介は紬を呼び止める。
この体育館は、過去に何度も戦いの舞台になった場所だ。
最初は、栄と歌穂の小さな戦闘から。
そこから、ラストバトル『ジ・エンド』の最終ラウンドが行われたり、七不思議其の弐の『トイレのこっくりさん』にて、こっくりさんとの戦闘が行われたりと、様々な戦闘が行われたのが、この体育館であった。
そんな体育館で、純介はついに紬にその心中を伝えるつもりであった。
「───じゅんじゅん、どうしたの?話ってなに?」
紬はそうやって、純介の方を見る。その柔らかな眼差しは、純介の心に突き刺さる。
「───今日、わかったことがあるんだ。紬が裕翔に連れてかれて、わかったことがあるんだ」
純介は、そう口にする。これまでの人生において、一度も告白したこともされたこともない純介は、告白の作法について知らなかった。
「紬。僕は君が大切だ。君が裕翔に人質として利用されて、僕はそう思った」
純介は、震える声でそう伝える。一世一代の大勝負。緊張だってするだろう。わからないながらも、一生懸命にその言葉を紡ぐ純介。
「好きです。僕と付き合ってください」
純介は、紬の方へ手を伸ばす。紬は、その告白に驚いている。
だが、それはドン引きの驚きではなく、喜びの驚きだった。
「───つむで、いいの?」
紬は、心配そうにそう口にする。自分が告白されるとは思っていなかったから、驚いているようだった。
「紬がいいんだ。紬じゃなきゃ、嫌なんだ」
純介は手を前に出して、頭を90°に下げる。目を瞑って、手を握るのを待った。
「嬉しい」
紬はそう口にすると、純介の手を素通りして、そのまま純介に抱きつく。
「つむも、じゅんじゅんのこと好き。大好き。栄だけ来いって言ってたのに、わざわざ危険を冒してまで助けに来てくれてありがとう。カッコよかったよ」
紬は純介に抱きつきながら、告白の返事をする。純介は、その言葉を聞いて体を起こして、紬をギュッと優しく抱きしめた。
お互い、告白することができていなかっただけで両片想いであったのだろう。
だから、今回裕翔が動いたことで告白する勇気と機会を与えてくれることとなったのだ。
2人は、そのまま幸せそうにハグをし続けた。これ以上、何も言葉は不必要だった。
無理に2人を邪魔する必要は無いだろう。
だから、いつか純介に語られるであろう紬の過去をここで話しておこう。
***
斉藤紬───私ことつむは、努力をする。
全ては、ママに振り向いてもらうため。
でも、ママはいくら頑張ってもつむを見てくれない。
ママは、つむに関心が無いのだ。きっと、死んでも───。
つむの家庭は、傍から見れば至って酷いものだった。
だけど、つむはそれが「普通」であったから、酷いとは思わなかったし、それが当たり前だと思っていた。
パパは、生まれた頃からいなかった。ママにパパのことを聞くと不愉快そうな顔をしながら「遠くに住んでる」と教えてくれた。お金は毎月送ってくれるらしいのだ。きっと、仲良しなのだろう。
ママは、つむのことをいないものとして扱う。朝から夜まで仕事に行って、そこから毎日のようにお酒を呑んで帰って来る。たまに、知らない男の人を連れてくることもあった。
その日は、つむは部屋から締め出されて、ママと同じ部屋の寝室には入れずに一人でリビングのベッドで布団もかけずに寝た。翌朝起きると、もうママとその男の人の姿は無くなっていた。その日の夜になれば、ママは酔っ払って帰ってくるのだった。
つむは、ママのことが嫌いじゃなかった。
友達に聞いたら、暴力を振るってくる人もいるらしいし、怒ってくる人もいるらしい。
だから、つむは他の家の子供に比べたらもっと楽だった。
だって、ママはつむに怒らないし暴力も振るわない。つむの話を無視するし、ご飯を忘れることもあるけど、他の家庭に比べたらよっぽど楽だった。
そんな、つむとママの間柄を象徴するのは小学3年生の時だろうか。
一般的な家庭では、誕生日にケーキを食べると言うのだが、つむは誕生日にケーキなんて食べたことがなかったどころか、誕生日プレゼントを貰ったことすらなかった。だから、 誕生日なんて、いつもと特に変わらない日だったので、つむは誕生日を覚えていなかった。
「ママ!なんで、つむには誕生日プレゼントをくれないの?」
「───アンタが欲しがらなかったからよ」
つむの怒ったような質問に、ママは少し考えた後にため息をついて冷淡な態度で返す。
「そんな、あるなんて知らなかったのに!」
「勉強不足ね」
「なら、今年は今年はくれるよね?」
「───物によるけど、何が欲しいの?」
「じゃ...じゃあ、ケーキが食べたい...大きなケーキじゃなくていいから」
つむは、ケーキをお願いした。ケーキという食べ物は、テレビでは見たことがあるけど食べたことは無かった。友達の話や、テレビを見るにそのケーキって食べ物はとっても美味しいらしい。
「はいはい、覚えてたら買っておくね」
ママはそう言うと、目をスマホに戻してしまった。否、最初から最後までスマホを見ていた。でも、誕生日にケーキが食べられると知ってつむは嬉しかった。
買ってきたであろうぐちゃぐちゃになったコンビニの小さな小さなケーキが置いてあった。
───そして、待ちに待ったつむの誕生日。9月24日がやってくる。
自分の誕生日を祝うのは、今年で初めてだ。なんだか、嬉しい感じがする。
「ママ、まだかなぁ〜!」
つむは、仕事から帰ってくるママを一人で家で待った。
───2時間が、経過する。時刻は午後9時。
「まだかなぁ〜!」
───更に、1時間が経過する。午後10時。
「まだかな〜」
───更にそこから、1時間が経過する。午後11時。
「まだ...かな」
結局、つむがいくら待ってもその日ママが帰ってくることは無かった。つむが仕方なく寝て、朝起きるとリビングにはママが買ってきたくれたぐちゃぐちゃになったコンビニの小さな小さなケーキが置いてあった。
つむは、そのケーキを食べた。生まれて初めて食べたケーキの味は、美味しかった。
───これが、つむとママの関係性である。
つむはママに認めてもらいたかった。
少しでも、ママにこっちを見てもらって「すごいね」と笑いかけてもらいたかった。
だから、つむは勉強を頑張ることにした。「塾に行きたい」と言っても無視されてしまったから、独学で勉強を頑張った。
中学校のテストでも、学年トップの成績を取ったし、塾に行かずとも偏差値の高い学校に行って、そこでも勉強を頑張った。
だけど、ママはつむのことを見てくれなかった。それはきっと、つむの努力が足らないからだ。
つむはもっと頑張らなければならない。そうじゃないと、ママはつむのことを見てくれない。
そんなことを思っていた高校2年の秋。つむの元に花浅葱色の封筒が届いた。
その内容を要約すると「高校3年生を帝国大学附属高校で過ごせば、試験もなしに帝国大学に入学することができます。帝国大学附属高校は寮制です」と言ったものだった。
それをママに見せると「まぁ、いいんじゃない?参加すれば?」と言ってくれたから、つむは帝国大学附属高校に通うことができたのだった。
だけど、これがデスゲーム会場だとは思わなかった。でも、いい。だって、純介に出会えたんだから。
***
───斉藤紬は気が付いていた。
自分が母親から全く愛されておらず、どうしたって自分のことを見てくれないことを。
───斉藤紬は気が付いていた。
帝国大学附属高校に通う許可が出たのは、自分のことを応援してくれているのではなく、面倒事が1年いなくなるからであったからということを。
───斉藤紬は気が付いていた。
自分が死んだところで、母親は葬式にすら顔を出さずに男とお酒を飲みに行くような母親であることを。
それでも、斉藤紬は母親のために勉強を続ける。
そうでなければ、彼女は生きる意味が無くなってしまうからだ。
彼女は、ピエロだ。母親に狂わされた、愚かなピエロだ。
誰か彼女を笑ってあげてくれ。愚かで滑稽な彼女のことを。
紬に幸あれ