6月24日 その⑭
「───ッ!」
チームHの寮で、学校から発せられる違和感・不快感に敏感に反応したのは、現在居候させてもらっている第3回デスゲームの生徒会メンバーである、九条撫子であった。
「この感じ...智恵の七つの大罪が暴走してる...」
九条撫子は、智恵の七つの大罪の暴走を抑えるために師匠として、智恵を見ていたからこそわかる。九条撫子だからこそ感じ取れる、微弱な不快感。
「───しかも、今回は憤怒と嫉妬を感じる。一気に2つも...」
このまま何度も七つの大罪が暴走し、このデスゲーム会場全体に共鳴させていけば、まさに阿鼻叫喚。
強者も弱者も関係なしに、人々は苦しみ藻掻き、涙を流すだろう。
多くの死体が積み重なって、この会場は壊される。
そして、その影響は次元の壁を超えて、別の三次元にも影響を与えることとなり───
「───おほん。嫌な想像はやめよう」
九条撫子は、頭に過った世界崩壊シナリオを首を振ることでなんとか忘れる。
そんな最悪のシナリオを実行させないために、九条撫子は智恵に七つの大罪の制御方法を訓練させているのだ。
「───やっぱり、今のうちに芽を摘んでおいたほうがいい気がするわね...」
九条撫子はそう口にする。そしてガバリと立ち上がり、智恵の七つの大罪が暴走する体育館へと向かう準備をしていた。すると───
「撫子、どこへ行くつもりだ?」
九条撫子を止めるのは、同じくチームHに居候している九条撫子の同期───柊紫陽花であった。
「智恵の七つの大罪が暴走してる。もしもの場合に備えて、現地に向かう」
「そうか。幸運を祈ってる」
「ありがとう。昼食でも作って待ってて頂戴」
「え、それは撫子の当番───」
九条撫子は、紫陽花の言葉を最後まで聞かずにチームHの寮の外へと出る。体育館では、戦闘が行われている。
───九条撫子は、最悪の場合智恵を殺さなければならないとも考えつつ、恐怖で震える足を奮い立たせて、体育館の方へと向かったのであった。
***
そんな体育館の窓の外。
栄達と裕翔の戦闘を邪魔しないように、体育館の外でその戦闘を眺めているだけなのは、森宮皇斗と森愛香の第5回デスゲーム参加者の中でのツートップであった。
「それにしても、愛香がここまで栄に協力するとはな」
「あ?皇斗。なにか妾に文句があるのか?そのケンカ、買ってやらなくもないぞ?」
「いや、いい。無益な争いはするべきではない。それに、第7ゲームのルールで有権者同士の戦闘は禁止されている」
「───そんなのわかっている。ただ、貴様の上から目線な物言いが癪だっただけだ」
「そうか、謝罪しよう」
皇斗は、体育館の壁によりかかり腕を組みながら感情のあまりこもっていない声でそう口にする。
その姿を見て、愛香は舌打ちをするけれども、それが皇斗をビビらせるようなものにはならない。
「話を戻す。どうして、愛香はここまで栄に協力するんだ?」
「───理由など無い。妾がそうしたいからそうしたのだ。そこには策謀も魂胆も作戦も計画も野望も企みもない」
「では、下心はあるのだな?」
「高潔な妾に下心があると思っているのか?妾があんな怒に夢忠になるなど、悥語道断だ!」
「あるではないか、下心...」
「───ッ!貴様、そんなことばかり言いやがって。女心がわからぬ者はモテないぞ?」
「安心しろ、わかったうえで聞いている」
「嘘をつくな。わかったつもりになっているだけだ」
「いいや、わかっている。愛香が栄に対して抱いている他とは違う感情を」
「───なんだ、言ってみろ」
愛香は、自らの恋心が皇斗にバレたのではないかとドキドキしながら、あたかも平静を装った状態で会話を続ける。ここで引くのは、愛香らしくないと逆に怪しまれてしまいそうだったからだ。
正解でも不正解でも「ふん、やはり貴様はわかっていないな」などといつものように少し無愛想に口にするのでよかったのだろうけれど、愛香には「お前は栄に恋をしている」と言われて、いつも通りを保てることへの確信はなかった。
「愛香は栄に対して抱いているのだろう?この学校で唯一と言っていいほどの信頼感を」
「信頼感?」
「あぁ、暗所でも栄がいれば恐怖に押しつぶされそうにならない───ということだ」
「───」
皇斗は、愛香に対して間違ってはいないけれども正解だとも言い切ることができないようなアンサーを出す。
「及第点だな。不正解ではないが、正解ではない」
愛香は、そう口にする。別に、皇斗に栄に対する恋心に気付いてもらいたいわけではなかった。
だけど、皇斗に正解と言うのはどこか癪だったのだ。
と、そんな話をしているとそこにやってきたのは、1人の女性───九条撫子であった。
「撫子、どうしてここに?」
「中で智恵の七つの大罪が暴走してる。何かあったらすぐに智恵を殺せるように用意しに来た」
「───そうか。だが、杞憂であろうよ。撫子が危惧する世界の崩壊なぞ、到底起こりそうもない」
「それならいいけど、一応ね。これで崩落したら笑い話にすらならないもの」
そう口にして、栄と裕翔の殴り合いの見物客は、愛香と皇斗に追加して九条撫子も追加されたのだった。
───そして、この3人が純介と紬の「話」の目撃者となるのであった。
淡く、柔い恋心。それが実る日は来るのか───。