6月24日 その⑬
───勝利。
決して好敵手とは言えない敵が、目の前の敵として立ちはだかった裕翔に勝利することができた。
これまで、何度か勝利したことこそあるけれど、それは全て「逃亡」であったり、俺よりも強い───皇斗や愛香に力を借りたなどと言った、完全な勝利とは言えないものであったが、今回は違う。
誰に対しても誇りをもって「勝った」と口にすることができる。
「───栄」
俺は目を傷つけられていて見ることができないが、智恵が俺のことを呼んでくれる。
「目、大丈夫?」
「大丈夫───ではないかな。見えないから、かなり痛い...」
「保健室、行く?」
「そうだね」
「よかった、栄。勝てたんだね...最後の方はこっちから避ける方向を教えなくても動いてたからビックリしたよ」
智恵以外にも、純介や紬も俺の方に近付いてくる。2つの足音が聞こえたから、近付いてきたのは2人だとわかる。
俺には仲間が集ってくるけれど、裕翔には誰一人として集うことはない。
「───と、そうだ。ハグする約束をしてたな」
俺はそう口にして、手を広げる。目が見えないから、智恵がどこにいるのかわからない。
「見えないから、来てくれ」
「───ん」
智恵は、少し恥ずかしそうにそう返事をする。そして、智恵が俺に近付いて───
「熱───ッ!」
智恵は、そうやって甲高いような声をあげる。俺も、思わずびっくりしてしまい一歩後ろに下がった。
「ご、ごめん!大丈夫?」
俺は、智恵が心配になってそう声をかける。
思えば、前回憤怒が暴走した後───第6ゲーム『件の爆弾』が終わった後、より正確にいうのであれば、鈴華との戦闘が終わった後。
俺には実感がなかったけれども、智恵とハグをした時に智恵は「熱い」と言っていた。
「ごめん、栄。ちょっと触るね」
純介がそう口にすると、俺の手に触れる。そして、すぐに手を離した。
「うわ、本当だ。結構熱いね...栄は何も感じないの?」
「あ、あぁ...何も感じないかな」
俺は至って普通だ。何か違和を感じるわけでも、支障をきたしているわけでもない。
でも、智恵と純介がこう表現するのであれば、俺の体は確かに発熱しているのであろう。
そうなると、憤怒が暴走した後の俺の体は熱くなることになる。
「熱くなるんじゃ仕方ない。ハグはもう少し待ってくれ」
「う、うん。ハグするのは嬉しいけど、どうして急に?」
「え、だって嫉妬してたんでしょ?」
「ん、まぁ...そうだけど...」
「だから、ハグしよ?」
「───うん」
智恵は、小さくそう返事をする。きっと、顔を真赤にしているに違いない。
「───と、俺は保健室に行って今すぐにでもこの目を見てもらいたいかな」
「そ、そうだね。保健室に案内するね」
智恵がそう口にして、先陣を切って歩いていくれた。
「つむも行く!じゅんじゅんも行くでしょ?」
「ん、紬。ちょっと話があるから、ここに残ってくれる?」
「───話?」
「うん」
どうやら、俺と智恵はここから早くお暇した方がよさそうだった。
純介の為を思って、俺は1秒でも早く保健室に───いや、この体育館から出なければ。
「栄。このまま真っすぐ行けば体育館に出れるよ」
「わかった。ちょっと急ごう」
「え、あ、うん。転ばないでね?」
「あぁ」
俺は、少し速歩きで体育館から出ていく。でもまぁ、目が潰されていて何があるかわからない怖さから、いつもの速歩き程のスピードではなかったけれど。
体育館を出た俺と智恵は、段差に気をつけながら保健室へと進む。
目が見えない時は、すり足で歩くと段差とかも見つけやすいことに気が付き、俺はすり足で歩いて進んでいった。まぁ、段差がある時は智恵が教えてくれるのでほとんどこの歩き方をする必要はなかったのだけれど。
それにしても、発熱さえしていなければ俺は智恵と手を繋いで保健室まで来ることができたというのに、それは叶わなかった。
俺は、保健室に足を運んでマス美先生に目を見てもらうのだった。
「どうです...かね?目、戻りそうですか?」
「どう思う?」
マス美先生は、少し低いトーンでそう口にする。もしかしたら、今後一生何も見えないかもしれない。
もう、智恵の顔を見ることができないかもしれない。
「戻ってほしい───です」
「まぁ、そりゃそうよね。安心して頂戴、瞼が斬られているけど、幸い眼球自体は傷ついて無さそうよ。痛くて目が開けられないのでしょうけれど、無理に開けなくて正解だったわね。これで、瞼が切り落とされていたら目が乾燥して永遠のドライアイだったかもしれないわ」
「んな...」
失明するかもしれない───ではなく、ドライアイになるかもしれないと脅してくるところが、なんともマス美先生らしい。
「それじゃ、治るってことですね?」
「えぇ、大丈夫よ。傷跡は残るかもしれないけれど、ちゃんと目は開けられるようになるわ。治療するから、大人しくしててね」
マス美先生はそう口にして、俺のことを治療してくれる。
マス美先生が、俺の瞼に直接消毒液をつけて、危うく失明しかけたのはまた別の話だ。
なんかもう勝って章のエピローグのような気がしますが、デスゲーム的には全然中盤ですから!