6月24日 その⑫
納得がいかなかったため再投稿。
前回の話と合わせて、1話にしていましたが加筆修正して分割しました。
ここまで長引かせたのだから、納得の行くものにしたかった。
智恵の憤怒が暴走し俺に影響を与えているのと同じように、智恵の嫉妬が暴走し裕翔に影響を与えていることが、智恵の助言により判明した。
そのため、憤怒にある「移動速度や攻撃力を数段上昇させる」というような特異な権能が、嫉妬にもあると考えた。
そして、俺は1つの仮説に辿り着く。
その仮説を証明するため、俺は裕翔を挑発してその拳を振るわせようとしていたのだ。
「挑発しやがって、いいだろう!その挑発に乗ってやるよ!」
裕翔は、怒りを伴いながらもそうやって俺に拳を振るうことを試みる。俺は、目が見えていないけれども感覚でわかる。もう数秒もしないところで裕翔の拳が当たるな───と。
「───うぐッ!」
俺の拳は、俺の読み通り見事に腹部に的中する。
どうやら、俺の認識は狂っていないようだった。
視覚情報がないから、裕翔よりも不利な俺の認識が狂って無くてよかった。
そして、俺の仮説が狂って無くてよかった。
どういうことかって?
俺は暴走した嫉妬の権能を見つけ、更にはその突破口までをも思いついた。
要するに、もう裕翔に勝てるような状況は完成したのだ。
それにしても、嫉妬の権能は随分と意地の悪いものであった。
裕翔の嫉妬で、俺が変化をする。いい方ではなく、悪い方に。
───答え合わせの時間と行こう。俺が考えたのはこうだ。
智恵の嫉妬が暴走し、それに共鳴するように嫉妬している人───要するに、裕翔は、嫉妬している人物───今回の場合は俺のステータスを落とすというものだと推測する。
なお、落とせるのは全てのステータスではなく、裕翔が劣等感を抱いている部分だけだということになる。
要するに「栄に負けて悔しい」と思っている部分が、軒並み落とされているというわけである。
だからこそ、憤怒の暴走により強くなった俺の拳や避ける速度は鈍くなっているし、嫉妬が判明して以降誰も助けに入ってきていない。
裕翔は、俺に「強化込みの運動神経」や「友情」において「負けている」と捉えたのだろう。
そして、裕翔が「栄より勝っている」と思っている周囲の認識は、下がっていない。目が潰されているから、そう考えるのは当たり前だろう。
自分を高めるのではなく、他人を落とすのだから随分と意地悪な能力だと言えるだろう。
そして、他人を落とすというのは嫉妬している人が考えそうなことだ。
自分を高めるほうがいいに決まっているのに、それに気付けないからずっと下なのだ。
───と、このままでは俺は裕翔には勝てないだろう。
だって、裕翔に勝っているところは全て嫉妬によって下げられてしまうのだから。
低いステータスで勝てる───などという逆転劇は存在していないし、裕翔が持っていないものは全て「0」と同じところまで下げられてしまうから、特殊なものを使用して勝つことも不可能であろう。
じゃあ、俺は裕翔に絶対に勝てないのか。
答えは、否だ。
言ったはずだ、俺は裕翔に勝つ術を発見した───と。
裕翔に勝つためには、負けを認める必要がある。
意味がわからず、矛盾しか感じられないかもしれないが是非とも見ていて欲しい。
これが、俺なりの嫉妬への、裕翔への勝ち方だ。
「食らえよッ!」
思考している中でも、殴り合いの喧嘩は続いている。
だから、裕翔は俺のことをぶん殴るし、それで劣等感を埋めようとしている。
「いやー、強いなぁ。うん、裕翔の勝ちでいいよ。俺の負けだ」
「───は?」
俺の言葉に、裕翔は困惑を示し動きを止める。
俺の唐突で余裕そうな敗北宣言に裕翔が困惑するのは当たり前だった。
裕翔にとっては、まだまだボコボコにできると思っていた、ストレスの発散が、劣等感の埋め合わせができると思っていたことができなくなってしまうのだから。
しかも、俺は涙を流して命を乞うようにして敗北───ではなく、ここで勝利するのは大人気ないから、裕翔に勝たせてやろう───などと言わんばかりの、余裕を見せた、裕翔を小馬鹿にするような負け方なのだ。
そんなもの、裕翔が許すわけがない。裕翔が、認めるわけがないのだ。
だって、こんな勝利は裕翔が望むような、俺をコテンパンにして絶望させるような圧勝ではないのだから。
俺のこの「敗北」の言葉に裕翔は納得しない。裕翔は、余裕そうに負ける俺のことを見て、俺に嫉妬する。
「おい、認めるわけ無いだろ。ここでやめるなんざ!オレはお前をぶっ殺しに来てるんだよッ!」
想像通り。想定通り。
裕翔は、俺の敗北宣言に食い下がってくる。それ即ち、裕翔は今俺の「敗北」に嫉妬していることになる。
───と、言うことは今現在、裕翔は俺よりも敗北に近い場所に移動したことになるのだ。
生半可に負けを認める俺を許さない。本気で戦っても、勝てず栄を蹂躙してやりたい───そう考える。
それは、嫉妬によって制限されていた俺の本気を、再度解放させる裕翔の「敗北」への道筋。
俺は、自らに憤怒の暴走により向上したパワーが再度解放されたのを感じた。
今ならば、勝利できる。食らえ、俺の憤怒を。
「嘘だよ、馬鹿が。俺がお前を赦すわけがないだろ」
「───ガハッ!」
裕翔に嫉妬されるよりも先に裕翔の顔面に憤怒で強化された拳をめり込ませる。
そして、裕翔がドサリと倒れる音が聴こえる。
「智恵を傷つけようとしたことを悔やめ。お前には、俺は倒せないんだよ」
失神しているであろう裕翔に対して俺はそう言葉を投げかける。
4月の初旬から始まっている裕翔との因縁が、もうすぐに終わろうとしていた。