6月24日 その⑩
栄は激怒した。必ず、かの邪知暴虐な裕翔を除かねばならぬと決意した。栄にはケンカがわからぬ。栄は、ただの男子生徒である。友を作り、仲間と遊んで暮らして来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう午前栄は教室を出発し、階段を降り校舎を通り抜けて、少しはなれた此の体育館にやって来た。栄には父も、母もない。彼女はいる。十八の、内気な智恵と寮暮らしだ。智恵は、邪悪な裕翔に誘拐されてそれを助けるために、はるばる体育館にやって来たのだ。先ず、誘拐された智恵達を助け、裕翔との殴り合いを試みた。栄には竹馬の友があった。稜と純介である。今は同じ高校でデスゲームに参加している。その友が、絶体絶命の栄を助けるために駆け付けたのである。そして稜は、栄を庇い背中を刺されたのだ。そして、栄の目も傷つけられるが、純介と協力して裕翔と対等に渡り合った。栄は、激怒した。
裕翔は嫉妬した。必ず、かの清廉潔白な栄を除かねばならぬと決意した。裕翔には友情がわからぬ。裕翔は、ただの男子生徒である。友を作り、仲間と遊んで暮らして来た。けれども、友情に対しては、人一倍に鈍感だった。きょう午前裕翔は、教室を抜け出し、図書室の階段を登って、そこにいた智恵と紬を誘拐した。裕翔には父も、母もいる。女房はいない。この学校に来る前は、父と母と三人暮らしだ。父と母は、裕翔に溺愛するがあまり、虐待に近いほどの縛りを課した。裕翔は、そこから逃げ出すために、はるばるこの学校にやってきたのだ。デスゲームに参加し、栄と敵対して今日まで生きて来たのだ。先ず、栄を絶望させることを目標として智恵と紬を誘拐したものの、作戦は失敗した。裕翔には竹馬の友があった。康太である。今は同じ高校でデスゲームに参加している。その友が来るのが、今か今かと待っていたが、いつになっても康太は現れない。そして、現れないままに栄とのケンカに突入し、最終フェーズまでやってきた。裕翔は、嫉妬した。
───そんな2人の感情が、智恵の抱く七つの大罪と干渉し、共鳴し合い、2人の七つの大罪は覚醒する。
『七つの大罪 第弐冠 嫉妬者』
『七つの大罪 第参冠 憤怒者』
「───智恵...ちゃん?」
裕翔に一発殴られた純介の肩を持ち、体育館の入り口まで下がろうとした紬が、智恵の名前を呼ぶ。
智恵の体からは、漏れていたのだ。赤と紫のオーラが、混ざり合うようにして狼煙のように出ていた。
「何が...」
「つむ、早くここから離れよう...体育館の中は危険だ...」
「う、うん。わかった...」
紬がそう口にして、純介を支えながら体育館の外に移動しようとしたその時───
「裕翔、赦さないッ!」
「恨めしい...羨めしい!栄のその友情、オレも欲しいッ!」
激怒する栄と、渇望する裕翔。
体育館で行われたそんな2人の戦闘の最終フェーズが、ついに始まったのだった。
***
フツフツと、俺の腹から怒りが湧いてくる。
ダムが決壊するように、怒りが漏れ出てくるのを、俺はこれまでにも一度経験したことがある。
その出来事からは、まだ1週間も経っていない。
そう、6月19日。第6ゲーム『件の爆弾』の最終決戦で、鈴華との戦いにて経験したのだ。
これは、九条撫子に言わせるならば「七つの大罪の干渉による覚醒」と言われるもので、七つの大罪を多く含んでいる智恵だからこそできる技のようだった。
俺は怒りに飲み込まれないように細心の注意をを払いながら、思案を続ける。
傷つけられて盲目になり、周囲が見えないから音で聞き取ることを第一としていたため、視覚情報がないため、俺は若干だが思考をしやすくなっていた。
外からの情報がないから、内側での思考に集中しやすくなっていた。
こうして、俺にも七つの大罪の影響が来ているということは、智恵が怒っているということだ。
何に対しての怒りかはわからないが、智恵が怒っているということだ。きっと怒りの矛先は裕翔であろう。
智恵のことをあんなに傷つけたのだから、怒られて当然だ。
だから、俺も裕翔を赦さない。どんな結末になったとしても、俺は裕翔だけはボコボコにする。
「裕翔、赦さないッ!」
目が見えなかろうと、俺の怒りは裕翔を逃さない。
もう、純介の助けはいらなかった。見えなくても、視えるのだ。
憤怒の瞳で、俺は裕翔のすべてをぶち壊す。
智恵と共鳴している今の俺なら、それすらもできるような気がした。
***
栄だけズルい。
栄にだけズルい。
どうして、どうしてオレには誰も駆けつけてこないんだ。
卑怯、卑怯だ。羨ましい。オレだって、誰かに手助けをもらいたい。
それだというのに、誰もオレのところには駆けつけてこない。
栄が羨ましい。
プライドが許さないけれども、これは認めるしかない。オレは栄に嫉妬している。
友達に恵まれ、恋人に恵まれている栄に対して嫉妬している。
オレの方がケンカは強いし、オレの方がきっと頭もいい。オレの方が栄より優れているはずなのに、どうして。どうして。どうして。
「恨めしい...羨めしい!栄のその友情、オレも欲しいッ!」
オレは、自分の嫉妬心を吐露してしまう。栄の立場を、立ち位置を、権利を、権威を、権力を、全部奪って盗んで騙って砕いて壊して燃やして唾棄して舐めまわして凌辱してやりたかった。
オレは、今から栄のすべてを奪う。
今ならそれも、できる気がした。
殴り合わせるはずだったのに、殴り合ってねぇ...