6月24日 その⑦
漆黒。
俺の視界を奪い取り、深淵の中に突き放された俺。
裕翔の手にしたナイフの餌食となり、命を奪われそうになった俺。
だが、そこに助けに入ってくれたのは声から察するに稜であった。
俺は目を切られて、視界が完全に塞がれているのだけれど、稜に助けられたことは、その乱闘の音を聞いて理解することができた。
目を使えなくても、騒動の音を聞いていれば大体の状況を理解することができた。
幸い、ここは体育館。
俺が足を引っ掛けるようなものは存在しない。
邪魔なのは、裕翔だけだ。気を付けるべきなのは、敵である裕翔だけであった。
俺は、裕翔が稜をなぎ倒したことを耳で理解し、裕翔の声がする方向へ拳を振るった。
どこに腕があるのかわからなかったから、俺は声がする方向にのみ───裕翔の口へ向けてその拳をふるった。
近くには裕翔以外の誰もいない。
俺は、そんな感覚を覚えて思いっきり拳を振るった。
その拳は、見後に裕翔の顔面に激突したらしく、裕翔は少し怯むものの反撃をしてくる。
この攻撃は、避けられないだろう。
目が見えないようじゃ、思うように動くこともできない。どこに何があるのかなどわからないから、信頼できるものがなにもないから、見えないことによる恐怖で体を動かすことなどできない。
だから、俺は裕翔の反撃を避けることができない───。
そうやって、俺は裕翔に殴られることを覚悟していた。
目が見えない状態でも反撃できたのだから、俺は爪痕を残せたとも言えるだろう。
ナイフで刺される恐怖はあった。だが皆は、俺を殺した裕翔を許さない。
第7ゲーム『ジグジググジュグジュ擬似選挙』が終わった後で、全員が裕翔に言葉にするのも憚られるような処罰を受けることとなるだろう。
最悪、それでも構わない。そう思っていたのだが───
「右に避けてッ!」
そんな声が、体育館に響く。
聞き馴染みのある、信頼に値する声。
攻撃に当たるつもりでいたのだが、当たらなくてもいいのなら俺は、勿論回避を選択する。
俺は、その声に従うようにして、右側に体を捻らせて裕翔の見えない攻撃を回避する。
裕翔の拳が、空気を切る音が聞こえたと同時、裕翔は歯ぎしりをしてその苛立ちに見せつける。
そりゃあ、当たり前だろう。
稜に引き続き、純介までもが俺の助けに入ってきたのだから。
「───純介ッ!野郎、邪魔しやがって!」
「それは失礼。お邪魔しますも失礼しますも、まだ何も言ってなかったね」
純介のそんな声が聴こえる。俺は、数歩後ろに下がって裕翔から距離を取った。あまりに近くにいると、純介の声がしたとしても反応が遅れてしまうからだ。
現在、頼りになるのは純介の声だけ。
目が見えないから、スイカ割りのような形になるけれども純介に指示してもらうつもりだった。
純介は、俺の様子を見てすぐに「目を怪我している」と判断して指示してくれた。もし純介以外であれば、こんな指示はできなかっただろう。
「純介、信じるぞ?」
「好きなだけ信じてよ」
純介はそう口にする。後方から、俺と裕翔のいる方へ走ってくる音が聴こえるけれども、それが誰かはわからない。声の位置からして、純介では無さそうだ。じゃあ、誰が───
「───ッ!お前ら、よくも逃げやがったなッ!」
「栄、左に半歩移動してガッシリと構えて!」
「───応!」
俺は、純介の言葉に従って、見えないながらも左に移動して、ガッシリとその場で構える。すると───
「邪魔だって言ってるだろうがッ!」
その時、俺と正面衝突するのは、苛立ちに身を任せてその体を突き動かしていた裕翔であった。
これが裕翔であることは、声の距離とそのゴツい体からすぐに理解できた。
稜も純介も、こんな筋骨隆々としてないし、智恵や紬のような柔らかい女性の肉付きじゃない。
紬の体は触ったことがないので知らないけれど、女性のものではないと断言できる。
「智恵、紬!すぐに稜を外に運び出して!そのまま保健室に向かっちゃって!」
「わかった!」
「うん!」
どうやら、俺の後方から迫っていた足音の正体は、俺の後ろにいる稜を回収するために動いていた智恵と紬のようだった。
純介がこうやって指示を出せたのも、即座に智恵と紬の動きを制限していたロープを解いたからであろう。
「───ッ!逃げられる!クッソ、邪魔だな!退けよッ!」
「嫌だね、お前の相手は俺だ!正々堂々勝負しやがれ!」
目を怪我している以上、正々堂々ではなく充分に裕翔の方が有利ではあるのだけれど、今の俺には目の代わりとなってくれる純介という心強い存在がいる。
稜の安否は心配だけれど、今ここで裕翔を見逃してしまえば、助かる命も助からなくなってしまう。
だから俺は、裕翔に勝たなければならない。その時───
「栄、勝ってね!」
「───もちろん!」
俺の耳に届く、智恵の応援。
その一言だけで俺は頑張れる。その一言があるから、俺はどんな強敵にでも立ち向かうことができる。
智恵がいるから、俺は戦うことができる。
***
智恵と紬が稜を保健室へと連れて行くのを陰ながら見送りつつ、栄と裕翔の戦闘を体育館の窓の外から眺めているのは2人の猛者であった。
第5回デスゲーム参加者のツートップである2人は、こんな言葉を交わしながら立候補者同士の戦いを見守る。
「どうやら、妾達の出番は無さそうだな」
「あぁ...そうだな」
彼と彼女は知っている。
栄と稜と純介の友情が、何よりも強い武器であることを。