6月24日 その⑤
俺は、裕翔に組みつくようにしてタックルを行う。とりあえず、智恵と紬から距離を取らせるのであれば方法は何でも良かった。
「智恵!紬!転がって逃げろッ!」
「う、うん!」
幸い、2人はただ縛られているだけでどこかに繋げられているわけではない。先程、椅子として座られていたのもわかるように、智恵と紬は寝そべった状態だったのだ。このまま体育館の出口の方まで転がせてしまえば逃がすことはできる。
体育館をゴロゴロと体をよじって逃げている智恵と紬はちょっと可愛かったけれど、今はそれを気にしている暇はない。今、俺が相手をするのは裕翔であった。
「だァ、もうウゼェんだよッ!」
そう口にして、俺に対して反撃を試みる裕翔。俺の腹部に向けて拳を振るうが、俺は反撃されることくらい予測していたので、裕翔を掴んだまま右に回転しながら避ける。
腹部───鳩尾を殴られたらそれなりにダメージが入るものの、背中であればある程度はカバーできる。
だから、俺は拳に背中を向けつつ避けたのであった。
まぁ、そんな防御も裕翔の拳が当たらなかったので意味のないものとなったのだけれど。
「───と、俺の目標である智恵と紬の解放はできた。だから、もう帰ってもいい」
「あァ?このまま帰らせるわけないだろ───」
「あぁ、このまま帰るわけないだろ!裕翔、俺はお前をボコボコにするッ!」
「ボコボコに、か!おもしれぇ、やってみろやッ!」
俺は、チラリと智恵と紬の方を確認して体育館の外に出たことを目視する。誰もあのロープを解いてやれる人はいないけれど、俺が裕翔を倒した後であれば解いてあげることができる。
そのためにも、この怒りを収めるためにも裕翔と男と男の殴り合いで勝利しなければならない。この戦いで、勝たなければならない。
「おらッ!」
裕翔が、俺に向かって拳を振るうのは視界の端で確認し、俺は咄嗟に裕翔を離して飛んで避ける。飛んだ方向は、もちろん体育館の入口がある方向だった。体育館の外には、転がって出た智恵と紬がいる。ここは絶対に通すわけには行かない。
「どけや、そこッ!」
そう口にして、裕翔は俺の方へ飛びかかってくる。俺は、スッとその場で身を屈めるようにして裕翔の足を掴んで転ばせようとする。
だけど、裕翔もある程度は喧嘩慣れしているのか、不意にしゃがんだ俺に対して蹴りを食らわせようとすることで攻撃しようとする。
「───ッ!」
俺は、胴体を守るために両手でバツ印を作るような形でなんとかガードする。強烈な蹴りだけど、愛香の方が強力だ。耐えきれないわけじゃない。
「───おらッ!」
「うおッ!」
俺は、そのまま裕翔の足をガッシリと掴み、そのまま後ろに転げる。俺はしゃがんでいるので、ダルマが倒れるような感じでダメージはないけれど、裕翔はそのまま頭から前方に倒れていく。
「───ッ!」
裕翔は、両手を付いてダメージを殺そうとしたけれども、それが危険だと察知したと同時に、左手だけを地面に伸ばす。そして、地面に左の掌が付いたと同時、そのまま左腕を上手く折り、前腕部を使用してなんとか着地した。
「足から離れろやッ!」
そう口にして、足をバタバタと動かそうとする裕翔であったが、俺はガシリと掴んでいるので逃がしはしない。暴れているのも、腹を守ればガードすることができる。
だから、裕翔を離さない。
「だぁ、うざったい!ぶち殺してやるよ!」
そう口にして、体を曲げて俺の頭を鷲掴みにする裕翔。髪の毛が引っ張られる感覚があり、頭皮が悲鳴をあげている。
「───やめろ、髪を引っ張んじゃねぇ!」
「じゃあ、その足を離せやッ!」
俺は裕翔の足にしがみついていたものの、裕翔の蹴りが俺の下腹部に炸裂し、そのまま俺の下半身で行われていた束縛が離れて、裕翔の足にしがみついているだけの状態になってしまう。
もうこれじゃあ、裕翔を拘束するだけには至らない。このままでは、裕翔に逃げられてしまう。
「行かせるかッ!」
俺は、下腹部がジンジンと痛む中で立ち上がり、俺から逃げて再度智恵と紬を人質にしようと───違う。
「───ッ!」
気付いた時にはもう遅い。
俺はてっきり、裕翔は智恵と紬を真っ先に取り返すように動くと思っていたが違った。
俺にとって、智恵と紬が真っ先に優先されていたからこそ、この存在を忘れていた。だけど、裕翔にとって智恵も紬も、これと同じ道具に過ぎないから、しっかりと頭の中に残っていたのだ。
そう、裕翔が智恵や紬を捕らえるよりも優先して取りに行ったのは、裕翔が先ほど落としたナイフ。
家庭科室から拝借してきたであろうナイフであった。
「よくも、ふざけやがってよッ!」
「───ッ!」
俺は、そのナイフを避けようと体を退かせる。
───が。
「───ッ!目が、目がッ!」
熱い。熱い。熱い。目が、目が熱い。そして、痛い。
目が開かない。やられた。横一文字に、目を狙うようにしてやられた。俺はその場で尻もちをついて、目の痛みに耐えながらなんとか後方へ下がろうと手を動かす。視界は塞がれている。怖い。熱い。痛い。
「───うぐっ...がぁぁぁ!」
俺は、喘ぐようにしてそう呼吸をする。そして───
「死ねや!」
視界が塞がれて何も見えない中で、裕翔のそんな声を聴く。そして、ナイフが大きく振られる音が聞こえて───
ブスリ