6月24日 その②
「女を泣かすクズなお前に、オレは死んでも投票しねぇ。お前の拳は怖くねぇ」
健吾が中指を立てながら、そんな宣言をする。その直後、裕翔の拳は健吾の方へ飛んでく。
「───っと」
健吾は、目をぱちくりさせながらその拳を避けて、その場から離れる。
「おい、健吾!お前、オレに入れないってことは殴られたいってことだよな?いいぜ、殴ってやるよ、こっちに来い!」
「ハッ!やなこった、お前に一方的に殴られてたまるかよ、スカッとするのはお前だけだぜ。殴られる方も、それを見てる方も不快なんだ」
健吾がそう口にして、ヒラヒラと「池本栄」と書かれた投票用紙を見せびらかしながら、裕翔を煽るようにして動き出す。
「───クソッ!オレのことをバカにしやがって!」
健吾は、有権者という立場上、立候補者である裕翔に対し暴力を振るうことができない。
だから、健吾が裕翔に喧嘩を仕掛けて勝利する───などということは絶対にありえないのだ。
だけど、健吾は一方的に殴られ続ける智恵を見て無性に苛ついたのだろう。こうやって、健吾が反逆するのは健吾自身の意思であった。
絶対に勝利できない反逆。それでも、健吾はその体を動かす。
「おらッ!」
そう口にして、健吾を殴ろうと体を前に乗り出させてその拳を振るうものの後ろに下がる健吾には届かない。
───そう思えたものの。
「───ッ!取られたッ!」
裕翔が、健吾から奪い取ったのは「池本栄」の名前が書かれている投票用紙。健吾の手に握られていた紙は、いつの間にか裕翔の腕の中に移動していたのだ。
「残念だったな!オレがそんなにキレ性に見えっか?怒ってはいるが、冷静さは欠かさねぇんだよ!」
裕翔はそう口にして、自慢げに、誇らしげに健吾の書いた投票用紙を破る。そして、地面にバラまいては「ガハハハ」とムカつく声で豪快に笑う。
「これで書き直し───」
「よし、投票成功」
そう口にして、健吾はあっかんべーをしながら「池本栄」と書かれたもう1枚の投票用紙をポケットから取り出し、裕翔の笑う隙を突いて投票した。
「───ッ!」
「破られるのを見越して2枚目を入れとくなんざ当たり前だろ。冷静さは欠かさない───そうだろ?」
健吾はそう煽りながら、裕翔に逃げるように動いていく。
裕翔は手を伸ばして健吾を捕まえようとするものの、教壇が2人の間にある事により裕翔の手は健吾には届かない。
───その一部始終を見ていた俺と智恵。
「───私も、栄に投票する」
「智恵、でも...」
「もう...殴られるのは変わらない。なら、私もいれる!」
智恵はそう口にして、自分の席に膝立ちで移動していってしっかりとした手でペンを握る。
俺は、その智恵の様子を見ていることしかできなかった。そんな俺に声をかけてきたのは、1人の冷静な人物───純介だった。
「殴られる智恵を誰も止めに入らなかった訳じゃない。紬は止めに入ったよ」
「───純介」
「でも、紬も裕翔に殴られたから、紬の動きを止めた。ごめん、智恵を助けることができなかった...」
純介は静かにそう謝る。
「だけど...だからこそ、僕はそれを償いたい」
そう口にして、純介は「池本栄」と書かれた投票用紙を俺の方に見せる。
「───紬が殴られたって言うなら、僕だって殴られる。殴られてでも、栄にいれる」
「純介、でも...」
「大丈夫。智恵や紬の方が痛いから」
───健吾の反逆により、色々な人物が立ち上がる。
純介が動き出した時、再度裕翔は誰かと───長駆を持つ天才、皇斗に対して喧嘩を吹っかけていた。
「お前、また栄に入れるとか───ふざけてるのか?」
「いいや、ふざけていない。余は貴様にいれるほど腐っていないだけだ」
「───皇斗、貴様ッ!」
裕翔はそう口にして、皇斗に対して拳が振るわれる。だが───
「どうした?腕に重りでも付けているのか?そんな遅い拳で余を倒せるとでも?」
皇斗が、裕翔のパンチを華麗に避ける。拳を受け止めるだけで「暴力」と捉えかねない強さを持つ皇斗は、裕翔に触れることすらできないのだけれど、それでも裕翔の拳を避けている。
「どうして、どうして当たらねぇ!」
「貴様が弱いから。理由など、それしかないだろう」
皇斗はそう口にして投票箱に「池本栄」の名前が書いてある投票用紙を入れた。
「俺らも、お前には入れられないな」
「───ッ!稜、梨央ッ!ふざけんなッ!」
「お前らもか...」
皇斗がそう口にすると、教壇を軽々と飛び越えて裕翔の前に立ち塞がる。
「───おい、なんだよッ!やんのか?皇斗。お前が手を出せばお前は死ぬんだぜ?」
「やらない。強き者が弱き者を守るのは自然の摂理であろう」
「───皇斗!ありがとう」
そう口にして、皇斗が肉壁として立ち塞がることで暴力を振るわずに裕翔の動きを止めることに成功する。
───こうして、2日目最初の投票は、俺が9票、裕翔が12票と、3票差という大差ではないもので終了させることに成功したのであった。
俺に入れてくれた9人は、智恵・稜・健吾・純介・美緒・梨央・紬・愛香・皇斗の9人である。