6月23日 その⑦
「毎日のようにカップル2人で妾の家に押しかけよって。散れ散れ」
放課後。
チームHの寮にやって来た俺と智恵に対して、そんな言葉を投げかけるのは愛香であった。
「まぁ、しょうがないだろ。九条撫子はチームHにいるんだから。おじゃましまーす」
「む」
俺と智恵がそうやって、愛香の横を通って行こうとすると、愛香は俺の服の裾を掴む。
「智恵はいいが、栄。貴様は駄目だ。妾の家でイチャイチャするな見苦しい」
「んだと?俺のことを嫌ってるような素振りをして、裕翔に殴られても俺に票を入れてくれたじゃないか」
「───ッ!それは、栄が好きだからじゃない、裕翔に苛立ったから逆らっただけだ!」
「またまた~。あ、智恵は先に九条撫子のところへ行っていていいよ」
「はーい」
俺も智恵も、愛香が俺に対して危害を加えてくるとは思っていなかった。
それは、俺が立候補者で愛香が有権者であるから───というゲームに関連した理由ではない。
愛香は、もう既に俺達の大切な仲間だ。愛香は、仲間には暴力を振るわない。この行動は、愛情の裏返しなのだ。
「はいはい、愛香が俺のことが好きなのはわかったから、通らせてくれ」
「───!栄、貴様は何もわかっていない!ちょっとそこに正座しろ!」
愛香は、怒りからか顔を紅潮させながらそう大きな声を出す。と、その時───
「なぁに玄関でイチャラブしてるの。浮気はバレずにしなさいよ」
そんな軽口を叩きながら、寮に帰ってきたのは白髪の少女───細田歌穂であった。
「歌穂!怪我は大丈夫なのか?」
「大丈夫かどうかって言われると大丈夫じゃないわ。傷はもう既に縫われてるけど、今裕翔に殴られなんかしたら内臓がこぼれ出るわね」
「浮気などと抜かしおって。第7ゲームで有権者同士の暴力が禁止されていなければ、貴様は今頃胴と首が離れていたぞ」
「はいはい、ツンデレツンデレ」
「歌穂...貴様、第7ゲームが終わったら覚悟しておけよ?妾が制裁を食らわしてやる」
「はいはい、覚えていたらねー」
そう口にして、歌穂は俺の服の裾を掴む愛香を素通りして、リビングへと戻っていく。
「あ、もしかしたらリビングで智恵と九条撫子が修行してるかも」
「了解〜。───え、なんて?!」
歌穂は、一度スルーしたと思ったが、驚いたような声を出す。だけど、怪我をしていたし知らないのも当然だろう。俺は九条撫子との間で起こった出来事───EXゲーム『仮名奪取クイズ』の経緯や、その結果。そして、修行の内容などを話した。純介の武勇伝は結果だけ伝えたために省略だ。
「へぇ...アタシが保健室にいた間にそんなことになっていたとは...」
「全く、妾は九条撫子を住まわすことを許可などしていないのに...」
「でも、この前家事の当番が減った───とか言ってたじゃないか」
「あ、九条撫子も家事に巻き込まれてるのね」
「別に妾にとって家事の当番程度些細なものだ。喜んでなどない」
「───って、アタシ、九条撫子のことは知ってるんだけど、実際に会ったことはないのよね。ちょっと顔合わせでもしてこようかしら」
「あ、おい待て」
歌穂がリビングまで移動し、それを追いかけるように愛香が進んでいく。もちろん、俺は愛香に服の裾を掴まれているままなので愛香に連れられてリビングへと移動したのであった。そこでは───
「───」
座禅を組んでいる智恵の姿が、そこにあった。
智恵は今、何があっても動揺しないような強い心を身に着けることを目標としている。
精神的な揺さぶりを、無視できるようにしているのだ。
「───この人が、九条撫子ね?」
「───細田歌穂...か?」
「正解。名前は聞いてた」
「あぁ、聞いていた。サイコパスの癖に、これまで一度も誰も殺せてないとな」
「え、愛香。アタシのことそんな説明してたの?」
「『無事故無違反サイコパス』とは、沙紀もよく言ったものだな。正確に捉えている」
「んなっ、失礼なッ!」
愛香と歌穂の2人は、そうやって言い合っている。その間に、俺は九条撫子の方へ近付いた。
「それにしても毎日ありがとう」
「別に、七つの大罪が暴走されたら私も困るからね」
「いやぁ、今じゃすっかり九条撫子も俺達の仲間だな」
「仲間?おいおい、それは『傲慢』だ。私はお前たちの仲間をするつもりはない」
九条撫子はそんなことを口にする。
「え?でも、智恵のこと───」
「だから言っているでしょ?智恵の七つの大罪が暴走したら私も困る。だから、利害が一致したからこうして修行してるんだ。だから仲間じゃない」
「妾は仲間だけどなぁ!」
そうやって、俺と九条撫子の間に入って肩を組んでくるのは柊紫陽花であった。彼女はにこやかな笑顔で、楽しそうに俺達と肩を並べる。
「紫陽花...アナタはマスコット大先生を裏切ったんだから、生きてるだけ奇跡だと思いなさい?」
「九死に一生どころか、九百九十九死に一生を何度も得てる妾にとって、そんなの奇跡の内に入らない」
「はぁ...呆れた。譲って欲しいわ、その豪運」
「妾も譲ってやりたい、この豪運」
第3回デスゲーム生徒会メンバーの2人がそんな話をしていると、智恵もどこか嬉しそうに小さく笑っていた。
俺は、静かに智恵の隣に座って、一緒に座禅を組んだのだった。
鈍感栄は智恵以外からの好意に気付かない。