6月23日 その⑤
1回目の投票は、生徒会でありいつもは姿をくらましている茉裕や、保健室で入院している歌穂も投票したことにより、有権者である21人が全員投票したことになる。
出口調査によると、俺が19票で裕翔が2票───と、圧倒的な差を付けて票を手に入れたのだった。
「裕翔。自信があったようだけど、この結果は目論見通りか?」
「───クッソ!票が集まったからって煽ってきやがって!」
裕翔は、眉をひそめて俺に対して怒りを向ける。だけど、煽ってくるのはお互い様だ。
「次は絶対に逆転してやる!だから覚えてろよ!」
そんな噛ませ犬のようなことを口にしながら、裕翔は教室の外に飛び出して行った。
彼がどこに行ったのかはわからないけれども、追いかける必要はないだろう。
さて、裕翔という邪魔者もいなくなったし、俺は智恵に裕翔が何を話していたのか教えてもらおう。
「智恵」
「ん、どうしたの?栄」
「裕翔は演説で何を話していたんだ?」
「話していいの?」
「あぁ、又聞きなら問題ないと思う」
ルール「4.片方の立候補者が演説をしている場合は、もう片方の立候補者はそれを聴くことができない」は、「演説した」ではなく「演説している」なので、演説している最中に演説を聴くことを禁止されているのだ。
紛らわしい日本語で書かれているが、又聞きはセーフ。マスコット大先生も、わかりにくいルールを書いてくれた。
「えっと、栄はマスコット大先生の息子だから生徒会に関連してる───とか、適当なこと言ってたよ」
「なんだ、あんな自信満々に作戦がありそうな顔をしてたのに、実施したのはネガティブキャンペーンなのか。呆れた...」
俺は、そんなことを口にする。裕翔はこれまで何度も俺のネガティブキャンペーンを行っていたが、それでも上手くいったことは一度だってない。
それだって言うのに、どうして俺のネガティブキャンペーンを行って票を得られると思っていたのか。
デスゲームにて立候補者になったとしても、最終結果でより多い方に投票しなかった人は死ぬ───みたいなルールではないから、有権者側はどっちが勝ってもいいのだ。
であるから、結局これまでとほとんどの考えは変わらない。そのため、これまでも失敗していた俺のネガティブキャンペーンは、今回も同じように失敗したのだ。
「それに、共に戦ったことのある皆は俺のことを信じてくれている」
そう、俺が生徒会側であれば、生徒会側と直接的に戦って殺す───だなんてことはしない。生き返る───いや、正確に言うと違うらしいのだが、死者蘇生に近しいことをできるマスコット大先生とは言え、生き返った人を利用するのはあまり望んでいないらしいから、生き返らせて再度俺達に相まみえるというのも難しいだろう。
「栄はどんな演説をするの?」
智恵の素朴な疑問に、俺は少し考える。何を喋ったら裕翔と差別化ができ、尚且つより多くの票を集められそうか。
───いや、康太は同情・友情票として裕翔に入れているわけだし、茉裕は俺を殺すために裕翔に投票しているわけだから今の19人がマックスだと言えるだろう。
であれば、俺がする必要があるのは現状俺に投票してくれている全員を、どれだけ俺に入れさせ続けるか───というものであった。
そうであれば、裕翔の演説に差別化も図って、自分自身の良いところを話すことにしよう。
裕翔の悪い点なんか羅列しても、誰も興味はない。俺は、俺の有用性を話して皆に票を入れてもらうのだ。
「俺は俺のことを話すよ。ネガティブキャンペーンはしない」
俺は智恵の疑問にそう答える。智恵は俺の回答を聴くと、ニコリと優しい笑みを浮かべて───
「よかった。栄はこんな状況でも嫌いな人を悪く言わないんだね」
俺にそう伝える。そして、ギュッと俺の胸にその顔を埋めてハグをするのだった。
───可愛い。
俺は、智恵のためにも生きなければならない。
***
───そして、2回目の投票時間の10分前の12時50分になった。
俺は10分間の演説を行って、皆に自分の良いところを話した。
話した内容の詳細は、自画自賛するような内容も含まれていたので、恥ずかしいし割愛しよう。
「───さて、では2回目の投票タイムと行きましょう!今回は任意ですし、出口調査はしません」
出口調査をしないとなると、俺に継続的に票を入れてくれたかどうかわからない。
でも、あの内容であれば俺に入れてくれるだろう。
「終わったか?演説」
誰が投票するよりも先に教室に戻ってくるのは裕翔。彼はポケットに手を突っ込みながら白板前においてある投票箱のすぐ後ろ───則ち、投票箱と白板の間に立ったのだった。
そして、智恵が誰よりも早く俺の名前を書いて投票箱の前に移動する。そして、智恵は投票箱にその紙を入れて───
「貸せ」
「───きゃっ!」
その時、智恵の手から投票用紙を奪い取り中を見る。
「な───ッ!」
「やっぱ、栄の名前を書いてるじゃねぇか。ふざけんな」
"パシッ"
「痛ッ!」
「おい、裕翔、お前!」
「おうおう、王子様のお怒りだぜ!」
俺は、智恵の頬にビンタをした裕翔の方へ移動する。
有権者である智恵は立候補者である裕翔に反撃できないが、立候補者である俺であれば裕翔にも反撃できる。
俺は、智恵に手を上げた裕翔に怒っていた。
コイツはやっぱり、救いもない程のクソ野郎だ。