6月20日 その⑥
「さて、EXゲーム『仮名奪取クイズ』2試合目が開始しましたので、ここから西森純介君は『ほ』以外のひらがなを、深海ケ原牡丹さんは『ほ』を口にすると問答無用で敗北になり、西森純介君が口にした瞬間、生徒会側の2勝が確定し即座に西森純介君と村田智恵さんの2人は死亡しますので、お気をつけください」
マスコット大先生は、そう説明する。もう、純介は「ほ」以外の言葉を喋れない。
純介の遺言は「ほ」で確定していた。
「───って、そうですね。深海ケ原牡丹さんはモールス信号という縛りを外して頂いて構いません。本ルールの中に{ゲーム性の為、『・(トン)』と『-(ツー)』を使用したモールス信号は禁止する}とありますし」
「わかりまSHIたWHAT」
「───」
初めて、俺達は深海ケ原牡丹のモールス信号以外の声を聴いた。これまでは『・(トン)』と『-(ツー)』だけしか口にしていなかったからわからなかったが、少し発音に違和感があった。
「嗚呼、なれまSEん琴、モールス信GOの使いすぎで、言葉の発ONを忘れて死舞まSHIたWHAT」
そう口にする深海ケ原牡丹。
───そうだ。
純介が「ほ」以外を答えるよりも先に、深海ケ原牡丹が「ほ」を口にすれば、そこで深海ケ原牡丹の敗北は決まる。そうであるから、まだ純介が確実に負けたわけではない。
「それでは、じゃんけんで先行後攻を決めましょう。勝った方がクイズの解答者で」
2人は、その言葉に頷く。純介は「はい」さえも言うことはできないのだ。
「それでは、私の掛け声に合わせて出してください。最初はグー、じゃんけんポン」
純介はグーを、深海ケ原牡丹はチョキを出した。
「や針、負けてしまいましたWHAT」
そう口にする深海ケ原牡丹。深海ケ原牡丹は、これまでの人生で一度も勝利したことが無いという。
であるから、その特性がまだ生きていれば純介は勝利できるかもしれない。智恵も、生き延びることができるかもしれない。
───だからお願いだ、深海ケ原牡丹は「ほ」と口にしてくれ。
「では、深海ケ原牡丹さん。1問目を出してください」
「りょ迂回しましたWHAT。では、第一問」
そう口にして、深海ケ原牡丹は問題を出す。この問題で「ほ」と口にしろ。
「では、問題。勝利の対義語は?」
「───ッ!」
口にしなかった。ついに最後まで、深海ケ原牡丹は「ほ」と口にしなかった。
「西森純介君。シンキングタイムは10秒です」
マスコット大先生はそう口にして、10秒を数え始める。
「9」
「8」
「7」
───このカウントダウンが「0」になった時、純介と智恵の死亡は確定する。
クイズの答えはわかっている「敗北」だ。だけど、純介は「は」も「い」も「゛」も「く」も口にすることができない。
これ以上、深海ケ原牡丹は余計なことは喋らないだろうから、もう2人の死亡は確定する。
「6」
「5」
「4」
「やめろ...やめろ、やめろ」
俺の声がそう漏れ出る。智恵のことを強く抱きしめ、2人の死を否定する。
「3」
だけど、そんなのは無力だ。どう足掻こうとも、純介が答えられるわけ無かった。
もう、無駄なのだ。どう足掻いても、純介も智恵も死亡するのだ。
誰も、何も助からないのだ。
「2」
「嫌だ、嫌だ嫌だ...」
「───」
智恵を強く抱きしめすぎて、智恵が言葉にならない声を鳴らす。
俺が強く抱きしめすぎた為に、痛かったのだろう。
智恵の、言葉にならない抗議の声が聞こえてくる。
───言葉にならなくても、気持ちを示すことはできる。
「1」
「───」
「ホほほほ ほホ ホほほ ほほ ほほほホ(敗北)」
「「「───ッ!」」」
マスコット大先生のカウントダウンが0になる刹那、純介が声をあげる。
それは、「ほ」だけで構成されたメッセージ。「ほ」は普通の声で、「ホ」は「ほ」よりも高い声で構成されていた。
「これは、モールス信GO!」
即座にそれを理解したのは、数年の間モールス信号を使い続けていた深海ケ原牡丹。
「マスコット大先生!ルールでモールス信号は禁止されているはず!」
そうやって、九条撫子はそう口にする。
「───いえ、厳密にはモールス信号は禁止されていません。禁止しているのは『・(トン)』と『-(ツー)』を使用した───要するに、2つの発音で構成されたモールス信号のみです」
7.ゲーム性の為、「・(トン)」と「-(ツー)」を使用したモールス信号は禁止する。
マスコット大先生は、静かにそう口にする。マスコット大先生がそう認めたのであれば、純介の合法───いや、脱法。
「許された...のか?」
「おかしい!それなら、牡丹がモールス信号を使っても───」
「いえ、それは許されません。何故ならば、使わなくても意思を伝えることが可能だからです」
「それって...」
「西森純介君がモールス信号を使用しても許されるのは、彼が『ほ』しか持っていないからです。『ぼ』も『ぽ』も使用することが不可能であり、ほんとうの意味で『ほ』しか使えないからです」
「そんなのズルじゃない!」
「ズルじゃありません。2音以上あれば、その音を組み合わせて何かしらの言葉を使用することができる。でも『ほ』だけで会話を成り立たせようとするのであれば、音の高さ違いを使用するしか無い。それであれば、モールス信号を使ってもおかしくはないのです」
もし、濁点・半濁点が付与できるのであれば「ほ」「ぼ」「ぽ」の3つが使用可能であったから、モールス信号を使った時点で反則であっただろう。「ほ」「ぼ」「ぽ」を組み合わせることができるから。
そして、智恵が2枚目を取っていたとしても成り立たなかっただろう。「あ」を取っていれば、「あ」「ほ」を組み合わせることができるから。
「1文字のみでのモールス信号は、私も認めざるを得ません。後出しジャンケンではないのです」
マスコット大先生は、静かにそう口にする。
「じゃあ...」
「試合続行です!」
「ホほホほホ ほホ ホホほホほ ホほほホホ ほほホ ほホほほ ほホ ホほほほ ホほほホ ホほ ほほ ホほほホ ホほ ほほ ホほホほホ ホほホほほ ホほ ほほ ほホホホほ ほほ(最終回はまだまだ先だぜ)」
智恵が「1文字だけしか取れなかった」という絶望の事実に、なんとか救われることとなった。
だが、問題はここからどう逆転するかだ。勝つか引き分けにまで持っていかないと、智恵と純介は死んでしまう。
【解説】
純介の「ほ」と「ホ」のモールス信号は何故許されるのか。
解説の前にまずは前提・背景知識を。
モールス信号は単音と長音の2つ(2つは長さが違うだけで同じ音)で構成されております。そして、その長さに意味を与え組み合わせて作っているのです。
そして、純介のは音の高さが違う。その高さに意味を与え組み合わせて作ったのが「ほ」と「ホ」のモールス信号です。
モールス信号は、お互いに言葉が理解できなかったり、言葉という難解なものを使用できない際に言葉の代打として使用します。
さて、マスコット大先生はルールの中で「ゲーム性の為、「・(トン)」と「-(ツー)」を使用したモールス信号は禁止する」とありますが、これは「音の長さや音の形を変えたモールス信号」を禁止しています。
でも、純介の「ほ」は音の長さお形も同じ。ただ、声を裏返らせているだけ。だからマスコット大先生のモールス信号とは若干別物なのです。
だからこそ、純介は許されました。
牡丹がモールス信号を許されない理由は「音の形が違う」ためです。「ほ」以外の全てを使える牡丹は、純介のように「あ」と「ア」を繰り広げてモールス信号を使用しても、他の「い」「う」「え」をどうして使わないのかという事になるので、モールス信号は使えません。
別に「あ」「い」「う」・・・「ん」に濁点と半濁点・拗音・長音を組み合わせた全てに「意味」を与えれば別の信号を作れはしますが、もはやそれはもう別の言語になってしまいますので、ゲーム(というか作品)が成り立ちません。というか、新しい言語なんてそう何個も作っていいものではありません。自作文字はいいけど、自作言語はダメ。
と、そんな理由で純介のモールス信号は許されました。意見がある人は感想に文句を言ってくださると嬉しいです。高尚な議論がしたいので、twitterDMでも可能。
あ、なんか最終回っぽい雰囲気でしたが全然嘘です。
まさかEXゲームでメインヒロインが死んで連載終了だなんて。
EXが「滅亡」を表す「extinction」の略語の時以外は有り得ないでしょう(笑)
今回の奇跡は、深海ケ原牡丹の敗北体質と純介の悪魔的な運のおかげです。
(俺は完全に殺すつもりでいたけど、なんか生き残っていた)