6月19日 その㊷
救護室から退室した俺。外に出ると、そこにいたのは智恵であった。
「智恵。どうしてここに?」
「栄が来るの待ってたの」
「ありがとう」
「退室、できたの?」
「うん。ひどい怪我じゃ無いらしいし、外に出れた」
「そっか。ならよかった」
「お家で待っててくれてもよかったのに...」
「ううん、1秒でも早く栄に会いたかったから。中に入ろうとしたけど、全員分の診察を終えるまでは中に入っちゃ駄目───って、止められちゃってさ」
「そうだったのか」
怪我の大きさ的にも、俺が最後の診察であったから、もう中に入ってもいいだろう。
「そうだ、じゃあ稜や健吾のお見舞いでもしておく?」
「そうだね。そうしよっか」
俺と智恵はそういうことで、救護室の中へと戻っていく。
「───って、マス美先生がいなくなってる。ラッキー」
マス美先生こと俺の母親は、結構ウザいダル絡みをしてくるから、いなくてよかった。きっと、腹部に怪我を負った歌穂を治療するために、保健室で手術でもしているのだろう。
保健室にいるのは、稜と健吾に真胡・誠に康太に愛香の6人であった。遠くへと吹き飛ばされた康太が、こうして生きていたということは安心できる。
でも、この部屋にいる全員が失神しており───
「栄か。怪我が浅い故に出ていったのではなかったのか?」
───と、声をかけてきたのは鈴華との戦闘で脳震盪を起こして倒れたはずの愛香であった。
「愛香、大丈夫だったのか」
「無論。あの程度で泡を吐くほど妾はヤワじゃない。数分寝れば復活する」
そうやって豪語する愛香。でも、その数分の間に俺が全てを終わらせてしまったのだけれど。
「今日1日は様子見らしい。全く、面倒なものよ」
そう口にして、病人にも関わらず自らを扇で仰ぐ愛香。そこにはどこか余裕が感じられた。
「この部屋には妾以外に面白いものはないぞ。皆、失神しているからな」
愛香はそう口にする。仕方がないので、俺達は救護室を退室する。失神しているようじゃ、稜や健吾のお見舞いもできないだろう。
───と、救護室に外に出ると、そこにはまた人がいた。
「おお、栄。退院できたのか?」
そう声をかけてくるのは、第5回デスゲーム参加者の中で、誰もが最強だと認める人物であり、今回の第6ゲーム『件の爆弾』でも、ゲームに乱入してきた怪物───マスコッ鳥大先生を、蒼と協力して討伐した男であった。
「皇斗は怪我、してないのか?」
「あぁ、するほどの相手ではなかった」
「そうか...」
皇斗は、そんなことを言ってくる。皇斗が、色々な強敵と戦うごとに、皇斗の首にナイフを刺した山本慶太の株が上がっていくのだが、今はその話はいい。
「マスコッ鳥大先生は、確かに強敵ではあったな。余でなければ倒せなかっただろう」
自他ともに最強と認めているからこその皇斗の発言。そこには、一種の余裕というものが感じられた。
「───それでだ。余は栄に話したいことがあってここに来た」
「俺に用?」
「えっと...私も聴いてて大丈夫そう?」
俺と手を繋ぐ智恵がそう問う。俺と皇斗の談話に顔を突っ込まない───というか、俺が人と話している時は、いつも静かにしてくれている智恵。
「あぁ、大丈夫だ。どうせ、次の登校の時には気付く話だからな」
「わかった、ありがとう」
「次の登校の時には気付く───なんのことだ?」
「勿体ぶらず話そう。岩田時尚が行方不明だ」
「───は?」
皇斗のその発言に、俺は驚いてしまう。時尚がいなくなっているとは、どういうことだ。
「時尚は、ゲームが終了した際に集合した教室の中にもいなかった。あそこには、茉裕も呼ばれていたからいないことはないはずだ」
「じゃあ...」
俺は気付いてしまう。皇斗が何を言いたいのかを。
生存者が全員呼ばれた教室に時尚の姿が呼ばれなかった。それは則ち───
「───時尚が...死んだ?」
「嘘...」
俺の言葉と智恵の驚愕に、皇斗は頷く。そして、「そう考えるのが妥当だろう」などと付け足した。
俺は、第6ゲーム『件の爆弾』で死亡したのは、時系列順に津田信夫・綿野沙紀・柏木拓人・安土鈴華だと思っていた。だけど、そうではなかった。死んだのは4人ではなく5人。先程羅列した4人に、岩田時尚が加えられていたのだ。
「嘘、だろ?」
「俺と時尚は同じ寮だ。帰ってこなかったからすぐにわかった。もう、時尚は死んでいる」
「───んな、わけ...」
時尚は、いつも朝教室へ行くと俺に話しかけてくれた。
話の内容としては、海軍の駆逐艦などという興味のない話であったが、それでも同じ時間を共有した友達だった。
だから、俺の心は痛む。
「誰が...誰が殺したんだよ...」
「さぁな、わからん。知る由もないからな」
皇斗はそう口にする。俺達は全員、最終決戦などと言って沙紀や鈴華・マスコッ鳥大先生と戦っていたのだ。
だから、知る由もなかった。
───岩田時尚は死亡した。それは、俺の心に残酷な事実として残り続けることとなる。
だが、そんな友達が「死んだ」などと聞いても、俺の目から涙は流れてこなかったのだった。
デスゲームが始まってから、俺は一度も泣いた記憶など無い。俺は、人の死で泣けないような薄情な人間になってしまったのかもしれない。