6月19日 その㊲
智恵の怒りに感化されて、俺の腹の底からフツフツと湧き出てくるのは、負の感情───人間の持つ感情の中で、最もネガティブなものだとされる、怒りであった。
「鈴華...お前は、お前だけは赦さないッ!」
先程まで、鈴華に殴られたことで動かせなかった体が、今では簡単に動かせてしまう。
アドレナリンが出ているのか、それとも怒りによりその痛みを感じなくなっているのかはわからないが、あまり考えすぎてしまうと、痛みがぶり返して来そうだったのでこれ以上考えるのは止めにしよう。
今、大切なのは目の前にいる鈴華を倒すことだった。
「───おいおい、まさか立ち上がるとはよッ!智恵を怒らせたことに、そんなに怒るか?」
愛香に何度も蹴られても尚、ピンピンしているタフな鈴華を、倒す方法は無いかもしれない。
だけど、ここで立ち向かわないと、俺は、俺の中にあるこの怒りは、収まらない。
「地獄まで送ってやる」
俺はそう口にして、鈴華の方へ走り出した。その動きは、通常よりも軽快で、且つ速かったような気がする。
***
智恵がその怒りのあまり、発動させた───厳密には、発動させてしまった能力───否、体質は、智恵だけのものではない。
人間には、誰しも七つの大罪を持っており、人によって持っているパーツが違うのだ。
もちろん、栄だって七つの大罪の何個かは保有しているし、今敵として立ちはだかっている鈴華だって保有している。
七つの大罪を持っていないのは、この第5回デスゲーム参加者の中では、誠くらいであろう。
第3回デスゲーム生徒会メンバーである、九条撫子という人物が、人の持っている七つの大罪を把握できる体質であり、彼女はラストバトルの最中、智恵が七つの大罪を全て手にしていることを暴いた。
七つの大罪を全て所持している───などというのは、人間としてかなり堕落していて、かなりの悪人であり、九条撫子からしてみたら、絶対に敵わない、恐怖を抱くべき相手だとされるくらいであるから、かなり危険であろう。
無論、彼女は自らが所有する七つの大罪もしっかりと把握しており、彼女は半分意図的に半分感情的に『七つの大罪 第参冠 憤怒者』を発動させることで己を覚醒させて、誠に勝利していた。
───と、先程「人間には、誰しも七つの大罪を持っており、人によって持っているパーツが違う」と説明した。
それは則ち、持っているパーツであればその七つの大罪を覚醒させて智恵や九条撫子のように覚醒することができるのだ。
だが、現実に覚醒させている人など見たことがない───という人もいるだろう。
だが、それは当たり前だ。七つの大罪を覚醒させるには、ある程度の七つの大罪の量が必要なのだ。
智恵は、七つの大罪を生まれつき、相当な量持っているのでこうして何もせず覚醒することができたが、通常一般的な人物が持っているような量だと、かなりコントロールが必要であり、それこそ九条撫子のように七つの大罪を把握できるような体質で無ければ覚醒できない。
であるから、一般人が持っている七つの大罪を覚醒させるのは、実質的に不可能だと言えるだろう。
そして、本来であれば智恵が発動させた七つの大罪は、己の強化───否、退化として利用されるものである。
我を忘れて怒りに任せて暴れ狂ったり、手足を動かすことさえも面倒くさいと思わせるほどの怠惰っぷりが、強化だとは言えないだろう。
本来であれば、七つの大罪は自らのみに影響を与える。
だが、智恵の七つの大罪は、如何せん大き過ぎるが故に、近くにいた栄にまでその影響を与え、栄の怒りを増幅させたのであった。
言わば、栄に『七つの大罪 第参冠 憤怒者』を貸し出しているような状態であると言える。
もちろん、怠惰であれば『七つの大罪 第肆冠 怠惰者』など、そのナンバリングと最後の「〇〇者」が変わる。〇〇者には、七つの大罪───傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲が入ることになる。
それ1つ1つによって、その影響は変わる。憤怒であれば怒り狂ったり、怠惰であれば怠ける───と言ったものだ。
───今回は、智恵が皆を痛みつけた怒りで、『七つの大罪 第参冠 憤怒者』を発動させ、それが栄に伝播した。
そして、栄は怒りを持って目の前にいる怪物───鈴華に攻撃するために動いたのであった。
***
軽い。体が軽い。
その足が、腕がいつもよりも自由に───というか、大きく動かせるような気がする。
だが、腹の底に蠢いている怒りというものは、一切無くならないのだった。
きっと、この怒りは目の前にいる鈴華を殺さないと無くならないのだろう。
「───ったく!とっととどっか行けや!」
鈴華はそう口にして、俺を吹き飛ばそうとする。だが、怒りで目が冴えている俺はその攻撃を見極めることができる。
「───栄」
智恵が、俺の名前を呼ぶ。そう、俺は勝たなければならない。智恵のためにも、自分のためにも、勝たなければならない。
「───死にたくないし、死ぬわけには行かない。だから、鈴華。お前には死んでもらう」
俺は鈴華にそう告げる。どんな攻撃をも耐えるタフな体を持つ鈴華に勝利する方法は、1つ思いついていた。
かなり危険ではあるが、体が軽く感じる今やらなければ、勝利することはできないだろう。