6月19日 その㉟
「───あがッ!」
鈴華の腹部にめり込む、愛香の強烈な蹴り。鈴華が避けたり反撃したりできなかったのは、稜と健吾の2人が鈴華の動く前の手を掴んで動きを封じたからだ。
「罵りたければ罵れ。だが、それでも妾は心動くことなく、貴様の腹部を蹴り続ける」
愛香は、そんなことを口にして鈴華の腹部に何度も蹴りをいれる。
鈴華は、爆発オニになったことにより、圧倒的な破壊力を手に入れることになった。
だが、鈴華はこれまで以上にタフになったわけではない。俺達は、鈴華が背骨が粉々に砕かれても尚、生き延びる程のタフさを持っていることを知っているが、それでも無限に蹴り続けられるこの状況では、そのタフさだって、無限に蹴られるだけの拷問をより長い時間受けることになるだけに過ぎないだろう。
「妾に勝ちたいのなら、攻撃無効でも身につけてくるんだな。まぁ、それを身につけても貴様を海に沈めて殺すが」
愛香は、そう口にしながら何度だって蹴りをいれる。鈴華が血を吐き、何か口にしようとしてもその攻撃はやめない。
───このまま行けば、勝てる。
そう思ったその時。
「ッたく、うぜェんだよッ!」
そう口にして、鈴華は健吾が巻き付く左手と、稜の押さえている右手の両方を空中に上げるようにして動かす。
「───ッ!」
人1人ずつを、片手で軽々と宙へ投げるほどの怪力。無論、爆発オニの影響も多少はあるのかもしれないが、それでも稜と健吾の2人を簡単に宙に投げたその力は、鈴華の元の筋力もあるだろう。
「健吾ッ!稜ッ!」
まさか俺も愛香も、こうして投げられるとは思っていなかったので、2人共一瞬固まってしまう。
───その一瞬を、鈴華は見逃さなかった。
「死ねッ!」
そう口にして、左手で愛香を掴み、右手で愛香のことを穿とうとした鈴華。
だが、愛香はその左手を掴まれるギリギリで避けて、愛香の右手から距離を取る。
愛香の腹部に鈴華の拳がめり込むけれども、その拳が愛香の皮膚を裂き、肉を断って骨を切るようなことはなかった。
「───ッ!」
愛香は、その拳の反動で少し後方に下がる。
「愛香!」
俺は、愛香を守ろうとその体を動き出すけれども、俺のスピードじゃ、鈴華の拳には間に合わない。
「───おらっ!」
そのまま、鈴華の拳は愛香の顎にまで届き、その顎の骨を砕く。
「───ッ!」
愛香は、そのまま拳の進む方向と同じ方向───要するに、愛香にとっての後方に、吹き飛んでいく。
「よくも...妾の顎を───ッ!」
顎を砕かれても尚、その口を動かし続ける愛香が立ち上がろうとした時、彼女の身に異変が起きて、ドサリとその場に倒れた。
「脳震盪。オレのパンチが強すぎたようだ───なっ!」
鈴華がそう口にしたと同時、遥か上空から落下してきた稜と健吾の2人が、鈴華のすぐ目の前に落下してきて、そのまま鈴華が2人の腹部を両手で同時に殴る。
そして、稜と健吾の2人は、電車にぶつかったかのような勢いで吹き飛んでいった。幸いなのは、その体に穴が開かなかった事だろうか。
「───稜、健吾...愛香...」
全員、全員やられてしまった。
稜も健吾も愛香も真胡も拓人も康太も歌穂もやられてしまった。
稜と健吾あ意識を失っているだろうし、愛香は脳震盪で動けないし、真胡も失神しているし、拓人は腹を穿たれて死亡しているし、康太は見えないほどに遠くまで吹き飛ばされしまったし、歌穂の腹部の皮膚は裂けてしまっている。
───俺以外の全員、やられてしまった。
「嘘...だろ?」
「栄、来いよ。お前は逃げない───逃げられないはずだ」
鈴華は、透徹した目でそう告げる。どうやら、俺の体に時限爆弾オニがあることに気付いているようだった。
───いや、違う。
鈴華は、俺の時限爆弾オニのことを言っているわけではない。何故なら、鈴華の視線の先には───
「智恵、下がれッ!」
「───え」
俺が声を出して走り出したと同時、鈴華も智恵の方へ動き出す。
───そう、俺は逃げられない。
もし、時限爆弾なんか無くても、智恵が危険に晒されているのであれば、俺は逃げることはできない。
だって、智恵は恋人だ。傷つくところは見たくない。
ドンッと地面を蹴りながら智恵の方へ移動していく鈴華。そのスピードは、俺が智恵の方へ向かっていくスピードよりも速いものだった。
このままでは、間に合わない。智恵は、このままでは鈴華に殴られてしまう。
───それだけは、嫌だ。
「智恵!」
「栄!」
智恵は、そう声を上げて俺の方へ向かって走ってくる。俺と智恵の距離が縮めば、俺が鈴華の間に入れる可能性も上がってくる。
それに、俺の走るスピードはいつもよりも少し速いような気がした。
「俺は、智恵を守る!」
なんだか、このまま行けば鈴華を倒せそうだった。どこからか、力が湧いてくる。今の俺なら、巨大な岩をも砕けるパンチが放てそう───
「調子に乗るな。茉裕は───神は、オレに微笑んでいる」
その言葉と同時、智恵と鈴華の間に無理矢理にでも入り込んだ俺の脇腹にめり込むのは、鈴華の拳。
「───かはっ」
俺は、口から吐血をして、そのまま後方にいた智恵を巻き込み、ゴロゴロと後方へと吹き飛び転がっていたのだった。
───痛い。痛い。
体が、動かない。先程まで感じていた高揚感や、どこからともなく湧いていた力は嘘だったようだ。
「───オレの勝ちだ」
動けるものが非戦闘員の智恵と梨花の2人だけになったその時、鈴華は勝利宣言をする。
───そして、鈴華は拓人を殺したように、腹を穿って殺す作業に入ろうとしていた。
救援は来ない。誰も、惨殺を止める人はいない。
胸に残るのは絶望か、それとも───。