6月19日 その㉞
鈴華の振るう拳は、恋人である拓人を殺された怒りに任せて我武者羅に動く梨花のキレイな顔面へと、まるで吸い寄せられるかのように、超スピードで接近して、激突し───
「させないッ!」
───そうになったその刹那、梨花を守るようにその体を動かし、代わりに鈴華の拳の餌食になったのは、真胡であった。
幸い、掴まれていたわけではなかったので、体が穿たれて穴が開けられたわけではない。
だが、真胡はそのままゴロゴロと転がり、助けられた梨花は真胡にタックルされたためにその場に倒れたのだった。
「───ッチ!邪魔をしやがって!」
鈴華はそう口にして、転んだ梨花を殴ろうとその拳を振り下ろそうとしたものの、愛香が足を絡めて鈴華を転ばせたために、梨花は命を救われる。
「あ───」
梨花は、自分を助けるために真胡が鈴華の拳の犠牲になったことに気が付き、己の行動の身勝手さを理解する。
───そう、梨花だって聡明なのだ。
考えのない特攻をしたのは、恋人の拓人を殺された───という怒りがあっての行動であったし、こうして自分のために誰かが傷つくのを見て、梨花は冷静になっていた。
「ごめん...なさい!」
梨花はそう口にして、数メートル先に倒れた真胡の方へ走っていく。真胡は強いから、きっと梨花が飛び出さなければ攻撃を食らっていなかっただろう。
そうであるから、真胡の負傷は梨花の責任───
「───あぁ、あぁぁぁ!ごめんなさい、ごめんなさい!」
半狂乱になりつつ、そう叫び声をあげる梨花。恋人である拓人が死ぬのを見て、梨花は「真胡も死んでしまう」と思ったのだろう。それは無理もない。
もはや、梨花にとって鈴華の攻撃は、一撃必殺の恐ろしい攻撃であるのだから。
「ごめんなさい、死なないで!死なないで!ワタシのせいで...ワタシのせいで!」
「大丈夫...だよ。血は出てない...死なない、死なないよ...」
真胡は、殴られた脇腹が痛むだろうに、そう口にする。梨花の精神をこれ以上傷つけないためにそんな言葉をかける。
「梨花さんはここから逃げて...私は大丈夫だからさ...」
真胡は、真っ先に非戦闘員であり拓斗の恋人である梨花を守るために、そんなことを口にする。
「ごめん...なさい。死なせないから...」
梨花はそう言うと、真胡の足を掴んでズルズルと引きずって拓人や歌穂の倒れている方へ連れて行った。
「───栄!よそ見してるんじゃない!」
「───ッ!」
刹那、愛香のそんな声が聞こえたため、俺は振り向くこともせずに右に飛ぶようにして避ける。
そして、俺が飛んだ直後に、先ほどまで俺のいたところにはドンッという音が鳴り、地面が割れて、そこには鈴華が現れたのだった。
「───クッソ!避けやがってよ!」
「愛香、助かった!」
俺は、愛香にそう感謝を伝える。何も見ずに避けることができたのは、俺が完全に愛香を信頼している証拠であった。
「よそ見をするなど、貴様には1000年早いぞ!」
「すまん!」
今のは、完全に梨花と真胡の2人に気を取られていた俺が悪いから、ただ謝ることしかしない。
言い訳をするつもりはない。
俺は、しっかりと爆発オニである鈴華のことを視界に入れる。
俺達は、コイツを倒さないと爆死してしまうのだ。俺も智恵も歌穂も、全員ドカンだ。
───そう、俺や智恵・歌穂の3人が死んでしまうから、鈴華から逃げることができないのが悔しいところだ。
鈴華のこと圧倒的な破壊力は、第6ゲーム『件の爆弾』に爆発オニとして選ばれているからで、このゲームさえ終われば、鈴華は従来のパワーに戻るのだ。
それであれば、愛香がゴリ押しするだけでも勝利できるだろう。
だが、俺達だって死にたくはないから、ここで鈴華を倒すしかない。
「栄の方が潰しやすいんだがな...でも、やっぱり邪魔なのは愛香。お前だ」
鈴華は、そう宣言して愛香の方を指さす。それはつまり、先に愛香を倒す───という宣言なのだろう。
「ほう、面白い。いいだろう。受けて勝とうではないか、下等生物よ。その代わり、だ。お互いに動き出すのは、栄の合図ということにしようではないか」
「天下の愛香でさえもそうでないとオレにやはり勝ちづらいか?」
「妾が楽しむためだ。勝ちやすい勝ちづらいなど、ない。勝ちしかないのだ」
「随分と自信があるみてぇだな。じゃあ、いいぜ。貴様の出した条件で、貴様をコテンパンにしてやるよ!」
「では、栄。好きなタイミングで、GOサインを出せ!合図は何でもいい、次貴様が声を出した時。それが、鈴華の死ぬ時となる!」
俺は、愛香のその言葉に小さく頷く。きっと、愛香がこんなルールを出すということは、何か求めるべきことがあるのだろう。
───あ。
そういう事か。俺は、遠くに見える人影を見て、そう理解する。
───愛香と鈴華の2人は睨みあう。
今か今かと、俺が声を発するタイミングを待っているようだった。この緊迫した空気の1秒は、10秒を超える程の長さかと思われた。
───が、ついにその時はやってくる。
「今だッ!」
「───なッ!」
その声と同時、コッソリと鈴華の後方にまで近付いていた2つの人影───先程、鈴華に攻撃されたものの、復活した稜と健吾の2人が、鈴華の動きを止めるためにガッシリと、1人1本ずつ鈴華の腕を掴み、鈴華の動きを止めたのだった。
そして、愛香が鈴華の方へと接近して、鈴華の腹部に強烈な蹴りを当てる。
それは、夢でも幻覚でもない、紛れもない現実。
愛香の、常人なら意識を失いかねない常識外れの蹴りは、鈴華にヒットしたのだった。