6月19日 その㉝
「拓人ッ!」
悲痛な声を上げて、爆発オニである鈴華のことも気にせずに拓人のところへ駆けつけるのは拓人の恋人である梨花であった。
「拓人ッ!拓人ッ!死ぬなんて嘘だよね、拓人ッ!」
梨花は、涙を浮かべながらそう口にする。2人の今生の別れ。恋人の死別。
───そんなのは関係ないと言わんばかりに、その腕を振るって梨花の頭を殴ろうとする。
「させるかよッ!」
俺はそう口にして、鈴華にタックルをして、なんとか梨花の防衛に成功する。鈴華はよろけたものの、まだまだ梨花や俺を攻撃するチャンスはありそうなのだ。
「拓人君を、殺させないッ!」
そう口にして、真胡も鈴華のことを殴りに入る。そして、歌穂もそこに立ち塞がった。
「───ッチ!拓人を殺せただけでもまずは良しとするかよッ!」
そう口にして、数歩後方に下がる鈴華。そして、真胡と歌穂・愛香の3人と鈴華の1人が睨み合う形が完成した。
鈴華の突破口にされてしまう可能性のある俺は、急いで拓人の応急処置に入ろうと思った───のだが、死別しようとしている2人に割って入ることはできなかった。
「梨花...もういい、オレはもう助からない...」
「拓人!嫌だよ、嫌!死なないで!ずっとアタシと一緒にいてよ!」
梨花は、ボロボロと涙をこぼしながら拓人にそう口にする。
「ごめんな...もう、駄目だ。腹に穴を開けられちゃ...」
「喋らないでよ...お腹の傷は開いちゃう!」
「喋らなかったら閉じるわけじゃない。だから、言わせてくれ...」
「いやだ、やめて。何も言わないで。何も言わずに死なないで!」
梨花は、拓人の死が認められないのかそんなことを口にする。最初から、このゲームが始まった最初から、梨花は拓人に惚れていた。
鈍感な拓人は気付いていなかっただろうが、最初から梨花は拓人のことを愛していたのだ。
最初に惚れ込んだのは顔かもしれない。でも、梨花は拓人と付き合ってドンドン拓人に惚れ込んだのだ。
付き合って、1ヶ月とちょっとしか経ってない。だが、梨花は拓人のことをドンドン好きになっていたのだ。
「───ごめんな。これまで言ってあげられなくて。愛してるよ、梨花」
「───」
その言葉と同時、梨花は「嫌だ、死なないで」と言うのもやめて、ただワンワンと泣き始めた。
聡明な梨花だって、もう拓人が助からないことくらい始めっからわかっていたのだ。だけど、その現実が認められなくて「嫌だ」などと口にしていたのだ。
だけど、きっと拓人はこれまで言ってこなかったのだろう、梨花の愛に対して基本的に受け身であったのだろう拓人は、今日きっと初めて「愛してる」などと梨花に対して口にしたのだろう。
俺は、泣き続ける梨花に対して何も声をかけることができなかった。一緒に泣いてあげることもできなかった。同情するよ───などと声をかけることもできなかった。してはいけなかった。
───恋人が生きている俺は、梨花の気持ちを心の底からわかってあげられない。
だから、きっと梨花の欲しい言葉はこれのはずだ。
「梨花。拓人を任せた。俺は、拓人の仇を討つ」
泣きじゃくる梨花に、果たしてその言葉が届いたのかはわからない。だが、俺はそんな言葉を残して再度戦場入りを果たしたと同時───
「───キャア!」
そんな声をあげて、俺の方へ吹き飛んでくるのは一人の白髪の少女───歌穂であった。
「歌穂、大丈夫か?」
「大丈夫───だったらよかったわね...」
そうやって自虐的に嗤う歌穂。その歌穂の腹部は、体操服の上からでもわかるように紅く染まっていた。
「まさか歌穂も...」
「大丈夫、貫かれてはいない。普通に殴られて、普通に皮膚が少し裂けただけ。こうして意識はあるし喋れてるから、死にはしないと思う...いや、嘘。数時間もこの状態だと普通に死ねるわね...」
歌穂は、そう口にしてズルズルとその場に横になる。
「───ごめんなさいね、栄。ここは悔しいけど、アンタ達に鈴華の相手を任せたいわ。もう、動けない」
「わかった、無理をするな」
俺はそう口にする。歌穂は、地面に横になって倒れた後に拓人と梨花の方を見てただ沈黙を貫いた。
落ち着いた梨花が、もしかしたらなんとかしてくれるかもしれない。
俺はそんなことを思いながら、現在も鈴華と戦闘中である愛香と真胡の2人に合流した。
「歌穂の次は栄か。戦闘に慣れていない分、栄のほうが殺しやすいな」
鈴華はそう口にする。
「栄、足を引っ張るでないぞ」
「わかってる。拓人を殺され、稜や健吾・歌穂を傷つけられちゃ俺だって鈴華に対して並々ならぬ怒りを持ってるよ」
「吹き飛ばされた康太も忘れないであげて欲しいなぁ...」
俺の言葉に、そう付け足す真胡。そう言えば、吹き飛ばされた康太は帰ってきていない。無事でいてくれると嬉しいが、どうなっているかわからないので少々不安ではある。
「そんじゃ、次も潰していきますか。無論、倒しやすい栄から───」
「鈴華!よくも拓人を殺したなッ!」
俺達の後方からの声。涙を目に浮かべながら、恋人を殺された怒りに身を任せ、無謀にも鈴華の方へ一心不乱に無我夢中に走っていくのは、拓人の恋人である梨花であった。
───が、武器も戦闘力も持たない梨花では、鈴華を倒すことなどできないし、愛の力で覚醒───などという少年漫画的お約束も現実には存在しない。
そうであるから、俺達は一人でも死傷者を減らすために、そして何より拓人のために、怒り狂う梨花を、鈴華から守らなければならないのだった。
「やめろ、梨花ッ!」
俺の声は、梨花には届かない。
「おもしれぇ!カップル両方、天国に連れてってやるぜッ!」
鈴華の振るう拳は、的確に梨花の顔面を捉え、そのまま隕石かのようなスピードで、拓人の愛した梨花の、キレイな顔に衝突し───