6月19日 その㉜
「愛香!」
俺が殴られようとする刹那、爆発オニである鈴華の腕をギリギリのところで止めたのは愛香であった。
だが、その愛香でさえも鈴華の手首を抑えただけで、その両手で受け止めるようなことはしなかった。
きっと、稜や康太のことを見て、急いでここに駆けつけたのだろう。
「───栄。鈴華に勝つ作戦は?」
「───ない」
「たわけ。無いわけ無いだろう。鈴華に聴かせられない内容か?」
「───」
「沈黙は金───否、沈黙は禁だぞ」
「ゴチャゴチャうるせぇな!」
愛香に腕を掴まれたままの鈴華は、もう片方の左手を愛香の顎を狙って振るう。
だが、愛香は表情1つ変えずにそのまま後方へのけぞってそのパンチを避ける。鈴華の速いパンチが見えていたのか───いや、違う。
鈴華は、踏み込めば爆発オニの破壊力を相俟って圧倒的なパワーで接近してくるが、この至近距離からのパンチは踏み込みが存在しないから、通常のスピードなのだ。
「本当に無策だ。作戦を立てる前に稜と康太がやられた」
俺は、視界の端で拓人と梨花が再会して言葉を交わしているのを見つつ、そう口にする。
俺の恋人である智恵は、後方で稜を遠くへ運ぼうとしてくれていた。ありがたい。
「───雄弁は禁忌であったようだな。妾はひどく失望した」
「すまないな。愛香ならば、何か思いつくか?」
「今、頭の中にあるものを作戦とは呼びたくないので呼ばないが、それに値する方法なら───攻略法ならばある」
「へぇ、そうかい!ならばとっととオレを攻略してみろや!」
鈴華はそう口にすると、ダンダンとじだんだを踏んで、その大地を揺らす。俺は、その振動に立てなくなるものの、愛香にヒョイと抱えられて後方に移動したために、助けられたのだった。
「鈴華の手を離してよかったのか?」
「構わん。また掴めばいい」
「そうか」
「───それに、手を掴みたい人は別にいるからな」
「誰のことだ?」
「───貴様ではないことは確かだ」
愛香の俺に対する呼び方が「栄」から「貴様」に戻ってしまう。もしかして、昨日の夜に暗闇でビビっていたことをまだ色々と思っているのだろうか。
「愛香、オレは貴様の相手をした方が良さそうか?」
「いや、違う。妾ではない。上だ」
「上だぁ?」
その言葉と同時、上の方向に何があるのかと見上げる鈴華。
───が、それは愛香の真っ赤な嘘。
鈴華の方へ、愛香は迫る。卑怯だ───などと、愛香を罵ることは誰もできないだろう。
戦争にルールはあるが、ケンカにルールはない。
奇襲も、騙し討ちも、イカサマも、八百長も、何をしようとも誰も罵ることはできない。
罵りたいのならばそのケンカに乱入し、勝利してからでなければならない。
「───だが残念、お前の嘘は見破れる!」
鈴華は、上空から何も来ていないことをチラッと見ただけですぐに「嘘」だと勘付き、すぐに愛香への攻撃を開始する。
───が。
「すまぬ、上では無く後ろであった。highではなくbehindであった」
「ごめんなさァい!」
「───ッ!」
愛香の訂正と同時、後方から鈴華の背中に全身全霊の拳を繰り出すのは、真胡であった。
友達を守るためであるならば、喧嘩において通常状態の鈴華よりも強い攻撃力を放つことが可能な真胡の奇襲。
それが、鈴華を襲う。
「───クソッ!」
鈴華も真胡も、第3ゲーム『パートナーガター』で共に廣井兄弟と戦った戦友だ。こうして、敵として憚ってくるのは心が痛むだろう。
鈴華は、背中を庇うようにして真胡や愛香と距離を取る。
「オレも助太刀する!」
そう口にして、愛香・鈴華の2人に肩を並べたのは拓人。どうやら、梨花との再会は終えたようだった。
「貴様、恋人の方は大丈夫なのか?」
「あぁ、智恵と一緒に稜を安全地帯まで運ばせるように指示したよ」
「アタシもいるわよ、忘れないで!」
「オレもー」
こうして、歌穂と健吾の2人も共に肩を並べる。俺も含めたら、戦力は5人だ。
「オレの敵は6人───いや、8人か。全員殴って全員殺す。これがオレの必勝法!」
鈴華はそして、動き始める。最初に狙うは、やはり愛香であったようだ。
「阿呆が!」
愛香は、鈴華をそう罵った後に、力強い踏み込みで愛香の方へと迫っていく鈴華の拳を受け止めようと画策する。が───
「もう、オレは誰にも止められねぇよ」
「───ッ!」
鈴華の拳は、愛香でさえも止められない。そのまま、愛香の腹部にめり込んで、愛香に吐血させる。
「───吹き飛ばねぇとは、やりがいのある女だな」
「愛香ッ!」
愛香への連撃を避けるためにも、俺と健吾・拓人の3人は動き出す。
愛香と真胡は大事な戦力だ。武器を持っていない今、ステゴロで誰かを倒せそうなのはこの2人だけなのだ。
───ここで、戦闘不能にさせるわけには行かない。
そう思って動いた直後、俺達3人の攻撃に気付いた鈴華は、まず健吾の腹部を殴り、空高く吹き飛ばす。
健吾は、弧を描くように空の上を飛んでいった後、30m先辺りに落下した。そして───
「───拓人ッ!」
拓人の恋人である梨花の悲痛な声が響き、その次に拓人が吐血する音がする。
鈴華のグレネードのような威力の拳は、拓人の腹部に命中し───
「オレが押さえておけば、吹き飛ばない代わりに腹部に穴も開けられる」
拓人の背中から、鈴華の握りこぶしが見えていた。掴み殴れる範囲にまで入っていた拓人は、その握りこぶしの餌食になったのだ。
俺が感じるのは、拓人の死。死。───死。