6月19日 その㉒
助けに入った拓人から遅れてやってきたのは稜であった。
「すまないな、助けるのがギリギリになって」
拓人は、歌穂に対してそう謝る。
「もっと速くに来れたの?」
「走ってくる稜を待っていた。戦闘しているのは見えていたが、さっきまで動けていた歌穂の動きも石みたいに止まったから急いで駆けてきたんだ」
「拓人、足が速すぎるんだよ...」
稜も俺も、足が遅いというわけではない。
普通の学校の中で、トップ層に入るくらいの運動神経は持ち合わせているはずだった。
今回に限っては、拓人が異常なのである。彼の足は、第4ゲーム『分離戦択』の第1試合『リバーシブル・サッカー』でもわかっていた通り、かなりの速度を有している。
「───ッチ、いいところだったのに、また邪魔が入った!」
沙紀は、蹴られた頬を擦りながら拓人の方を睨む。
「時限爆弾オニに捕まったんだろ?動けるまで、後どれくらいかかりそうだ?」
「俺達3人は後1分───って言ったところだ」
「了解した。じゃあ、その1分は時間を稼いでみせる!」
拓人は、頼もしいことを口にした。拓人であれば大丈夫だろう。
───ということで、拓人に沙紀の相手を任すことで、俺は待望の人物と対面して対話することが可能となった。
「稜」
「栄」
俺は、お互いに名前を呼び合う。康太も智恵も歌穂も、その邂逅の邪魔をしないように沈黙を貫いてくれている。
「稜、くれ。俺に」
「でも...」
「いいから。稜、俺を信じてくれ」
「───」
稜は、まだ葛藤しているようだった。
「稜。稜の優しさは紺屋の白袴。他人に優しくする前に、他人を大切に思う前に───いや、他人に優しくしたいのなら、他人を大切に思いたいのなら、まずは自分に優しくしてくれ!自分を大切にしてくれ!」
「───」
「医者の不養生なんて、笑えない!皆を大切な自分もそれに含めてやれ!!それが、本当の優しさだ!」
「───ッ!」
稜の心は揺れ動く。先程は説得できたんだ。今回もできるはず
「───だけど、これで栄に爆弾を渡したら...俺は、栄を優しくしてないことになるんじゃないか?」
稜の声が震える。怖いのだろう。いつ爆発するかわからない移動型爆弾を持っている稜は、俺に渡した時に爆発して死んでいくのが怖いのだろう。
移動型爆弾は、ランダムな時に爆発するからいつ爆発するかわからない。デスゲーム終了5分前かもしれないし、1時間後かもしれない。もしかしたら、5分後かもしれないし1分後───1秒後かもしれない。
そんな状況であるから、心優しい稜は俺に爆弾を渡すことができない。だから、俺は声をかけ続ける。
「稜。大丈夫だ、稜が一緒にいてくれるんだろ?」
「───わかった。爆弾を渡す」
そう口にして、稜は俺に爆弾を渡す。そして、移動型爆弾は俺に移動した。
「───栄、頼んだよ。俺も一緒にいる。死ぬ時は一緒だ」
「おいおい、死んだ時の話なんかするなよ。生き延びた話をしよう」
「そうだよ、稜。栄も稜も、死んじゃ嫌だよ」
智恵が、そう口を挟んでくれる。俺の方が先に名前を呼ばれた、優越感。
───と、そんな話をしていると。
「───あ、動けるようになった!」
俺と智恵、そして康太の3人は時限爆弾を付与されたことによるペナルティーである、5分間の不動時間を終えて、ついに沙紀との戦いに参加できるようになったのだった。
「よし、じゃあ栄。稜、行こう!」
そう口にして、早速康太は移動していく。
「3人共、頑張りなさいよ!」
そう声を張り上げて俺達のことを応援してくれるのは、俺達を守ってくれたがために、タッチされるのが遅れて、まだペナルティの間の動けない時間だ。
「智恵、歌穂は任せた!」
「え、あ...うん!」
智恵は、どこか迷ったようだったが、歌穂を見ていてくれるようだった。
智恵を危ないところへ連れて行くことは嫌だったし、歌穂を見ていて貰ったほうがいいだろう。
「───皆、動けるようになったのか?」
俊敏な動きで、沙紀のピッケルによる攻撃を全て避けていた拓人が、そう口にする。
「あぁ!もう大丈夫だ!」
「1vs4か...随分と不利ね...」
沙紀は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、そんなことを口にする。
俺達は、沙紀を逃さないためにも囲うように移動した。4人であれば、ある程度の距離からでも囲むことができる。
───沙紀は、次に稜か拓人のどちらかを狙うだろう。
理由としては、俺と康太の2人はもう既に時限爆弾を付けられているからだ。再度タッチしても、2回爆弾を付けられるわけではないし、意味はない。そう考察した───
───のだが。
「栄、お前から殺すッ!」
「───なんでだよッ!」
俺は、かなりのスピードで接近してくる沙紀を見て、俺の命を奪り取ろうとしてくるそのピッケルを必死で避ける。
どうにか爆弾を解除しようとも思ったけれど、沙紀もそれに対して警戒しているのか触れることはできなかった。
「───クッソ!」
何連撃か、数えるのも馬鹿らしくなったほどの沙紀のピッケルによる攻撃の末、俺は後方に移動していたために、躓きかけてしまう。
次の一閃は、避けられない。その時───。
「させねぇよ!」
そう口にして、康太が沙紀に対して飛びかかる。抱きつくような形になっているが、もう既に爆弾を持っている康太であれば問題ない。
「───ッ!」
康太は、俺を助けると同時に爆弾を解除したのだった。そのまま康太がピッケルを奪い取ってくれたら速かったのだけれど、流石にそこまではできず沙紀に振り解かれてしまった。
───だが、これにより沙紀は残り1回時限爆弾を解除されたら、死ぬ。
俺達と沙紀の死と隣り合わせの戦闘は、佳境を迎えるのだった。