6月19日 その④
稜が失踪した。
「嘘、稜が...稜がいない」
まさか、稜はどこかに逃げてしまったのか?
俺は、わからない。稜の動向など気にせずにこれまで俺はグッスリと眠っていた。
だから、見張りをしている間の稜がどこに行ったかなんか全くわからなかった。
「正義感が強い稜が、俺との勝負を放置して逃げる───のか?」
俺は、静かにそう考える。時刻は、午前6時57分。後3分で、稜との約束だった勝負の時間が開始する。
───だというのに、俺の準備はおろか稜の存在だって何も無い。
「何かヒントとなるものは───」
俺は、焦りながらも思考を逡巡させる。何か、どこかにヒントがあるかもしれない。
俺はそんなことを思いながら当たりを見渡した。
───あ。
地面に残っていたのは、本日未明に降り注いだ雨により存在していたぬかるみ。
雨が降って、既に4時間が経過しようとしていたが、雨を蒸発させようとする陽光が降り注いだのは1時間の間───と言えるだろう。
そして、それまでの間にここを出発点に移動したのは稜だけだ。だから、このぬかるみを追っていけば、稜の進んだ方向がわかる───というわけだ。
「なら、早く皆を起こさないと───いや、そんな時間も無い。ならば───」
俺は、本来であれば殴り合いの公正で公平な審判をお願いするはずだった愛香を起こす。
「───む...どうした、栄。妾を起こすとは...」
「大変なんだ。稜が、稜がいないんだ!」
俺は、寝起きの愛香に現状を伝える。そして、数メートル先で眠っていた純介をも起こす。
「───栄、もう朝?」
「稜がいなくなった。消えたんだ。俺は今から愛香と足跡を追っていく。だから、純介はもし稜がここに戻ってきたら俺に何らかの方法で教えてくれ」
「え、何らかの方法って...」
「頼んだからな、俺はもう時間がない!愛香、付いてきてくれ!」
「全く、人の扱いが雑なのだから。全く...行くのであれば、早く行くぞ!」
「あぁ!」
「え、えぇ...」
純介は俺の無茶振りにかなり困っていたが、午前7時1分。
稜が俺達のところに戻らなかった───いつもであれば、約束を守る稜が初めて俺達の約束を破ったのを確認して、稜が「逃亡した」と判断して、俺と愛香の2人はぬかるみによりできた足跡を追い始めた。
俺は、マスコット大先生が雨を降らしてくれたことを感謝している。
第6ゲーム『件の爆弾』が、もし都心をモチーフにしていたらこうやって地面に染み込んだ水でぬかるみ、地面が柔らかくなっていたことにより足跡ができやすくなっていなかっただろう。
稜は、走ったようでかなりクッキリと足跡が付いていた。
「栄。これがフェイクである可能性はないか?」
「フェイク?足跡が?」
「あぁ、足跡くらいであれば稜であろうと簡単に作れるはずだ」
「それはそうだけど...でも、稜にはそこまでの心の余裕は無かったと思う。稜は、俺達のことを騙そうとしているわけじゃないし」
「───?」
愛香は、どうやら俺の言いたいことがわからないようだった。
本来であれば、誰に対しても優しく接して、約束を必ず守る稜が今回約束を破った理由───それは、稜との決闘で俺が勝ったら、爆弾が稜以外の誰かに渡ることになってしまうからだった。
誰かに迷惑をかけたくない───という稜の心の中の天秤が、「約束を守る」よりも「爆弾を死守する」の方に偏ったのだ。
そりゃあまぁ、約束を守って爆弾が他人に渡り、それで誰かが死んだら、その人からしたら人生最大の迷惑であることは間違いないだろう。
だから、俺達の「約束を守る」という言ってしまえば日常茶飯事的な迷惑をかける方を選択したのだった。
「全く、稜もわかっていないのだな。稜自身が死なれると迷惑だ───ってことに」
「───」
俺は、愛香の言葉を聞き流す。
「───それで、この足跡がフェイクではない根拠を教えてくれ」
「そんなの、稜が俺達から距離を取るのに必死だからに決まってるだろ。稜は、最後まで迷ってたはずなんだ。だからきっと、迷惑をかけないように最後まで───少なくとも、約束していた6時くらいまでは見張りとしての仕事は行っただろうし、そこから全速力で俺達から逃げてきたはずだ」
「はぁ...全く、面倒な野郎だな」
「愛香が言うか?それ」
「それ以上言ったら、妾は貴様と共に行動するのをやめるぞ?」
「───そうかよ」
愛香は、もう日が昇ったからかいつもの傲慢な性格を取り戻していた。
でもまぁ、彼女らしいと言えば彼女らしいだろう。
───こうして、俺と愛香の2人は、稜の足跡を追って、第6ゲーム『件の爆弾』のですゲーム会場を駆け回っていったのだった。
───が、1時間経っても稜は見当たらなかったのだった。
だが、稜ではないものの俺が望んでいた人物たちと再会することには成功したのだった。それは───
「───ん、栄?」
「おお、健吾!美緒!」
「よかった...やっと会えた...」
「おーい、2人共!栄だぞ!」
その言葉と、俺の方へ来たのは───
「智恵」
「栄!」
その言葉と同時に、俺の胸へと飛び込んでくるのは俺の恋人である智恵であった。
その後ろから、誠の姿もあったけれど、俺の目に映ったのはその可愛らしい智恵なのだ。
───どうやら、智恵はここまで生き延びられていたようだった。