6月18日 その㊷
「ここは俺が退く。だから、綿野も今の時間は夕食を取って撤退ということで手を打たないか?」
「───」
誠は、沙紀にたいしてこんな提案を投げかける。
沙紀は、ここで夕食を手に入れなければ明日を万全な状態で迎えることはできないだろうし、1日中動き回っていたから、沙紀だって疲れているはずだった。
だから、夕食が残り1食しかない今、彼女はその食事を手に入れようと動くはず。
「それとも、もう既に食事は別に取ってあって必要ないとか───か?」
「いや、違うわ。アナタの予想通り、ここにある1食が私にとってもアナタにとってもまだ取りに来ていない人にとっても最後の1食、20食目であることは変わりないわ」
沙紀が食事を手に入れていなかった理由としては、大きな理由が1つある。
それは、食事に一度でも触れてしまうと、それが「沙紀の分」と認識されてしまうからだ。
マスコット大先生は、この食事を手に入れることに予約制度なんて入れてなかったし、近くに来ても食事を手に入れる入れない選択をするのはその人次第であったから、最後の一個は沙紀の分で決定───だなんてできなかった。
予約ができない以上、触れておいたほうが安全に思えるが、違う。
もし沙紀が触れたとして、その後にその夕食を持っていこうとする。それは、可能なのだ。
さっき言った通り、これは予約制じゃない。一度でも手に触れれば、もう他の人には手に入れられない───というわけではないのだ。
稜達4人が思いやりの精神で、自らを苦しめるほどの優しさで康太達に食事を分け与えたのと同じように、そもそも裕翔や奏汰が夕食を奪い取ろうと画策したように、夕食を一度触ったとしてもそれを「奪う」「もらう」ことはできるのだ。
要するに、沙紀が一度触れてしまったら、それは「配布されている夕食」ではなく「沙紀の夕食」になり、沙紀の夕食は沙紀以外の誰が持っていくことだって可能だ。
そして、もし沙紀が先に夕食の入った袋に触れていて、その後に誰かが沙紀の夕食を持っていこうとしても、持っていけるのだ。そしたら、沙紀は残った最後の1食を持っていこうとしても、それは「沙紀の分」ではないので、持っていけなくなってしまう。
要するに、沙紀の夕食を持っていた人は、自らの「1食だけもらえる」という権利を使わずに、沙紀の権利を使用して夕食を持っていくことができるのだ。
もちろん、それが沙紀のものかなんて証明できる人はいないから2食も持っていく人なんかいないだろう。
だが、知らず識らずのうちに、沙紀の夕食を持っていき沙紀が何も食べれない───というような状態が生み出される可能性はあったのだ。
そんな大きすぎる致命的な危険性に沙紀はいち早く気付いたため、夕食に触れて置かなかったのだ。
もちろん、あらかじめ手に入れていてどこかに隠しておく───というのも盗られる可能性があって危険だった。
だからこそ、一番安全な場所においておいたのだ。
そのため、誠の「夕食をやるから見逃してくれ」という提案は、沙紀の夕食をほぼ確実に保証するものとなったのだ。
───ここで戦闘して、誠に夕食だけ盗られて逃げられてしまっては、沙紀は明日にはその疲労から餓死しているかもしれない。
沙紀には、食事をしなかった自らが餓死して斃れている───そんな光景が脳裏に浮かんだので、ここで食事を確実にとっておきたい気持ちがあった。
「もう一度問おう。ここは俺が退く。だから、綿野も今の時間は夕食を取って撤退ということで手を打たないか?」
「───わかったわ。じゃあ、その案で手を打つことにしてあげる」
誠を殺して茉裕の役に立ちたい───という願望もあったが、沙紀が見るのはもっと大きな相手だ。
ここで食事を取った方が、後々に大きな功績を残せる───沙紀はそう判断したのだった。
「賢明な判断、感謝する」
誠はそう口にする。そしてそのまま、健吾と美緒、それと智恵の逃げていった方へ走っていったのだった。
「全く...あの3人に食事を開けてもらうって魂胆は見え見えなんだってのに...」
結局、誠はここで沙紀に食事を譲ったとしても問題なかったというわけだ。沙紀は小さくため息を付き、マスコット大先生から最後の1食である夕食の入ったビニール袋を受け取る。
「はい、綿野沙紀さん。お疲れ様でした」
「今日はかなり疲れたわね。本番は明日。頑張らないと」
「えぇ、そうですね。私も本日の夕食配布という作業は終わったので、明日の午前3時───ゲーム開始から18時間目の妨害の準備を頑張ろうと思います」
マスコット大先生はそう口にすると、食事の置いていた長机と共に姿を消した。
きっと、第6ゲーム『件の爆弾』の会場を出て、四次元にでも移動していていったのだろう。
「───さて、明日は早起きになりそうね。もしかしたら、今日は寝れないかしら...」
沙紀はそんなことを口にしながら、背中にピッケルを背負って夕食の入った袋を手にして、会場の中心を後にする。
───そして、沙紀は暗闇の中に姿を溶かしていったのだった。