6月18日 その㊶
沙紀から、智恵を助けるために行動し始めたのは、靫蔓がいるのだとすれば第二の主人公と表現されたであろう人物───誠であった。
「村田。逃げられそうか?」
「───まだ...無理かも...」
「そうか」
誠は、智恵に失望したのだろうか。普段から無表情であることが多い彼の心情を読み取るのは、難しい。
声色も表情も一つも変わらずに、ただまっすぐ沙紀のことを見つめているだけの誠のことを見て、智恵は早く逃げなければ───と、恐怖で動かない体にムチを打ち無理矢理動かそうとする。
「今の内だ!」
───と、その時沙紀の後方から走って、夕食を手に入れようと書けてきたのは2人の人物。
誠と同じように、沙紀のことを伺って隠れていたのだろう。だが、誠と沙紀が睨み合っているこの状況こそチャンス───と考えたのか、2人は───成瀬蓮也と岩田時尚は動き始めたようだった。
「綿野。お前の相手は俺だからな」
「わかっているわよ。私だって、あんな2人のことなんてどうでもいい」
「そうなると、俺や村田のことはどうでもよくないと言うことか?」
「えぇ。靫蔓を倒した誠と、同じく靫蔓を討ち取った栄の恋人である智恵は看過することできないわ」
「そうか。靫蔓を倒した俺や栄は警戒されるべき存在か。まぁ、知っていたけれどな」
誠は、戦闘に智恵や時尚・蓮也達が巻き込まれないようにできれば雑談で終わらせられればいい───などと考えたので、この場を会話で繋がせる。
その為、時尚と蓮也は食事を手に入れることに成功したのでその場から逃げていく。そして、食事は残る4食となった。
「村田。まだ駄目そうか?」
「───ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ」
そう口にすると、誠が高く手を挙げる。それの意味することが何か、沙紀も智恵もわからなかったが、それは確かに何か意味する行為だったのだろう。
───だからこそ、沙紀は動き出す。
「何もさせないわッ!」
「何もするつもりはない。俺はな」
そんなことを口にして、誠は後方を振り向かずバックに移動していく。
だが、後方を確認せずに移動するのは危険だけど、今回に限ってはその危険性は小さかった。
何故なら、ここは草原だ。背中にぶつかってくるような大きな障害物は無いし、食事だって残っている数は少ないし、沙紀がいることからもふとここに立ち寄るような人もいないだろう。
───沙紀は一瞬、智恵を殺してしまったほうが早いかもと考えたが、また邪魔されても面倒だから、先に誠を潰してしまおうと考える。
実際、皇斗に邪魔されなければゲーム開始1時間も経たないところで誠を殺害することはできたのだ。
だから、今回も勝利できる───
───などと思っていると、沙紀の左側から、ドタドタと走ってくる音が聴こえてくる。
沙紀がチラリとその方向を見ると、走ってきていたのは安倍健吾と奥田美緒の2人だった。
「さっきの...」
誠が手を挙げたのは、智恵を助ける際に取り決めた合図だったのだろう。2人は、沙紀の方になんか目もくれず智恵の方へ走っていく。
「面倒ね...」
「いや、綿野は俺の相手をすること以外考えなくていい。だから、複雑なことも面倒なことも何一つだってない。そうだろう?」
誠と沙紀は、睨み合う。
***
───時は少し遡り。
智恵がご飯のことを考えて、中心に移動していった時に、草むらに隠れていた誠と健吾・美緒の3人は焦っていた。
3人は、いつの間にか邂逅して、一緒に食事を取りに行く同盟を組んでいたのだった。
「おい、智恵が動き出したぞ!どうすんだ!」
「助けに行ったほうがいいんじゃない?」
「いや...まだ行かない」
「どうして?死んじまうかもしれない!」
「殺しはしない。そのように動くから大丈夫だ」
「大丈夫って言ったって...」
「安倍。奥田。作戦がある」
「「───作戦」」
「あぁ。村田が綿野に殺されそうになったら、すぐに俺が助けに行く。そうしたら、綿野と俺が戦闘になるのは必然だろう?」
「まぁ...そうだな」
「もし、戦闘になるのだとしたら、俺が綿野を引き付けておくから村田を回収して食事を手に入れて欲しい。そしたら、俺も夕食を取って撤退する。それならいいか?」
「───それなら、まぁ...構わない」
「では、実行の合図は俺が手を挙げる。それが、どのような状況の挙手であれ、挙手が現すものは作戦実行の合図であると思ってくれ。いいな?」
「了解よ」
───そんな話し合いの元で、3人は行動していたのだった。
***
───時は戻って現在。
健吾と美緒の2人は、智恵を回収することに成功して夕食の入ったレジ袋を持ってその場から逃走した。
すると、残されたレジ袋は───夕食は、残る1つとなってしまった。
「食事は残る1つか...綿野。お前は食事を手に入れたのか?」
「いや、まだよ。だから、この戦闘をやめて食事を手に入れるかどうか画策していたところなの。別に、奪い取る───ってのもアリなんだけどね」
沙紀はそう口にして、チラリと智恵達3人が走って逃げていった方向を見た。
誠は、脳内で冷静に分析した結果、こう口を開いた。
「───じゃあ、ここは俺が退く。だから、綿野も今の時間は夕食を取って撤退ということで手を打たないか?」