6月18日 その㊵
「うぅ...お腹空いた...栄にもつむちゃんにも梨央にも美緒にも会えないし...」
午後10時20分。そんなことを口にしながら、無限に続くと錯覚するような森林を歩き続けているのは栄の恋人───村田智恵であった。
智恵は、食事を取りに行こうと放送を聞いて歩き出したものの、中心である草原ではなく端っこ海岸の方向へ歩く───という大失態をしてしまったので、トボトボと草原へ向かって半ば諦めながら歩いていたのだった。
───と、ゲーム開始から13時間とちょっと。
愛香と遭遇した以外には他の誰とも遭遇できていない智恵は、ついに一人で草原にまで到着することができたのだ。
「誰か...いる?」
第6ゲーム『件の爆弾』の会場の中心に立っていたのは、マスコット大先生と一人の女生徒であった。
智恵の目線からは、それが背丈から女性であることは理解できたが、具体的に誰とは───そこにいるのが、生徒会に協力しており時限爆弾オニである沙紀だとは思っていなかった。
智恵の頭が活性化している時であれば、まだなんとかそう推察することができたかもしれないが、空腹と喉の乾きで倒れてしまいそうな彼女にとって、そんな考えなど頭に浮かばなかった。
智恵には、沙紀の姿が食事を手に入れるために並んでいる女生徒にでも映ったのだろう。
───だから、智恵は何も考えずに沙紀のいる中心へ向かってしまう。
沙紀にとって、こうして何も考えずに食事を手に入れるために歩いてくれる智恵は格好の餌者だった。
先程、栄と真胡の2人が食事を手に入れる時は智恵がいなかったので、現在の智恵も栄と合流していないのは明白だった。
沙紀は、思案する。
───このまま、智恵に爆弾を付与してそれを栄の前で爆発させることができれば、最大限の絶望を栄に植え付けることができるのではないか、と。
栄は、生徒会にとって場を動かしてくれるいい存在であるのと同時に、生徒会を倒そうと迫ってくる邪魔な存在であった。
だから、栄を殺さずにクラスの中心として色々な人物の操り人形として生かすだけ生かすためにも、智恵を目の前で殺すなどという作戦を思いついたのだった。
そんな思考を沙紀が企てている間にも、智恵は能天気に食事を取りに沙紀とマスコット大先生のいる方向へ迫ってくる。
マスコット大先生は、食事を配布するためにそこにいるので、ほとんど関与することはない。
「───って、沙紀...」
ボーっとしていたのか、ご飯のことばかり考えていたのか智恵が沙紀であることに気付いたのは、沙紀に10m程までのところまで近付いた時であった。
智恵の顔は、少しだけ蒼白する。
智恵は、そのピッケルを見て自らの死を悟り、体が動かせないようだった。
───が、沙紀の企みは智恵をピッケルで殺すことではなく、智恵に爆弾を渡して栄の前で爆発させることなので、智恵の考える死に方とは少し違う。
「まずは、智恵に爆弾を───」
そう口にして、沙紀は智恵の方へ迫っていく。
「逃げなきゃ...逃げなきゃッ!」
智恵は、ご飯を諦めてその場から逃げようとするも足が縺れて上手く動けない。智恵はそのまま転んでしまう。
「───智恵。今すぐ死にたい?それとも、数時間の猶予が欲しい?」
「嫌だ...死にたくない」
「その選択肢はない。まぁ、質問を変えよう。向こう3時間で、栄と出会うことができると思う?」
「───栄に何をする気!」
「質問に答えて。栄に出会うことができると思う?」
「───出会いたいけど...自信はない」
智恵は、そう答える。だが、その答えが悪かった。
「───じゃあ、3時間彷徨わせてもただ無駄なだけね。しょうがないし、ここで殺す」
そう口にして、沙紀はそのピッケルを振り上げる。
その姿を見て、智恵の体は石になったかのように動かなくなってしまう。
どれだけ動け、動けとその体を行使しようとしても恐怖からか、空腹からかはわからないが動かない。
「───栄に伝えておくから、安心して」
沙紀は、そう口にする。智恵は、抵抗することを諦めて───いや、生きたいとこそ望んでいるものの、回避することも防御することもその体が動かないからにはできないので、抵抗することもできずにギュッと目を瞑ることしかできなかった。
───結局、智恵がこれまで生きてこれていたのは栄の支えがあったからだったのだ。
第1ゲーム『クエスチョンジェンガ』から始まり、第2ゲーム『スクールダウト』でも第4ゲーム『分離戦択』でも第5ゲーム予戦『投球困窮四面楚歌』及び本戦『キャッチ・ザ・リスク』でも、智恵は栄に支えられて生きてきたのだ。
智恵がいるからこそ栄は頑張れている───という部分もあるので、一概に智恵が栄にとってのお荷物であるとは言えないが、智恵がいないとしたら栄は別の人と付き合っていただろうし、大概の人物は智恵よりも戦力はあっただろう。
栄と───主人公と出会えなかった第6ゲーム『件の爆弾』で、智恵が死亡してしまうのはおかしいことではない。何故なら、そこに補正はかかっていないのだから───。
直後、沙紀の持つピッケルが振り下ろされる。そして、智恵の首がバッサリと切り落とされる。
「───えぇ、そうです。そんな妄想を抱いていた時期も私にもありました」
先程まで智恵がいたところには、もう既に智恵はいない。
「村田。大丈夫だったか?」
「───う、うん。ありがとう...」
まるでタイミングを合わせたかのようにその場に姿を現したのは、この物語の第二の主人公───西村誠であった。
「別に、驚きはしないわ。アナタが草むらに隠れてこっちの様子を伺っていたのは気付いていたから」
「そうか。では、今後どうなるかもわかっているよな、綿野」
「えぇ、わかってるわよ。私の相手は俺だ───だと言うんでしょう」
「あぁ、正解だ」
───そして、始まるのは誠vs沙紀の第二試合。
ゲーム開始すぐの勝負では、タイマンだった際は沙紀に軍配が上がったが、次に勝利するのはどちらだろうか。
Q.智恵にヒロイン補正はかからないの?
A.彼女は「七つの大罪」を全て宿しているので補正は消されています。