6月18日 その㉒
康太が去っていった後の蓮也と時尚は、嵐が過ぎ去って行ったかのように静寂に包まれていた。
「助かった...のか?」
「一先ず、殺されなくてよかったよ」
時尚は、第4ゲーム『分離戦択』の3回戦『バッターナイフ』の中で、睦月奈緒を殺害したという経歴がある蓮也にそう声をかける。
この優しさは、睦月奈緒を殺害した───という事実を、「絶対に許さない」と考えている康太と「ゲームの中だからある程度は許容すべきだ」と考えている時尚の差だろう。
康太は「絶対に許さない」と考えている中でも、過激派の部類に入るだろうが。
「それで...康太はさっき爆弾を持っているって言ってたけどそれは本当?」
「───」
時尚が、蓮也に対してぶつける疑問。その質問にどう答えるべきか、蓮也は沈思黙考していた。
───ここで本当のことを話せば、時尚という格好の餌食が遠くに言ってしまうだろう。
逆に、嘘をついて「爆弾を持っていない」と言えば隙を狙って移動型爆弾を渡すことができる。だけど、その場合時尚という友達を失うことになるだろう。
その場しのぎで生きるのであれば後者の方がいいだろうが、学校生活はまだ半年以上残っている。
そうなると、ここで時尚の信頼を稼いでおいた方がいいだろうか。いや───
「───さぁ...どう思う?」
蓮也は、疑問を疑問で返す。
「どう思うって...蓮也もわかってないの?」
「いや、僕はわかってるよ。僕がオニかオニじゃないか、僕にはわかってる」
「じゃあ、教えてくれても───」
「でも、君は僕をオニだと疑った。それはひどい行為だと思わないの?」
「───」
蓮也が行ったのは、責任転嫁。
自分を「被害者」に落とし込む高等テクニックであり蓮也の常套手段。
そう、時尚に「爆弾を持っているか否か」の判断を委ねることによって、蓮也は時尚を悪役に仕立て上げようとしたのである。
今回の場合、蓮也は爆弾を持っているのだからどう足掻いても蓮也の得になる。
まず、「爆弾を持っていない」と時尚が口にして蓮也に触れた場合。
蓮也は爆弾を持っているため、蓮也から時尚に爆弾が移動して蓮也は爆弾から逃れられる。
時尚には「僕のことをやっぱり疑っているんだ」などと口にしてしまえば、触らせることができるだろう。
そして、「爆弾を持っている」と時尚が口にして蓮也を疑った場合。
蓮也は、「そんなことを言うんだ」などと口にして、被害者ズラをすれば、必然時尚の体裁は悪くなり、時尚が「友達のことを疑う薄情者」というレッテルを貼られることになる。
もちろんそのことで、蓮也が被害を被ることはない。
「俺は蓮也をオニだとか疑ってるわけじゃない。どちらかと言うと、康太を疑っている。だからその真偽を確かめる為に蓮也に聞いたんだ。康太よりも信用できる蓮也に」
「───」
時尚の返しは秀逸だった。
蓮也のどちらを答えても時尚に利の無い質問に、「黙り込まないが、答えない」という第三の選択肢を突きつけたのだ。
そして、その答えにより蓮也は答えを出すしか無くなった。要するに、蓮也の策は失敗したのだ。
時尚の「康太よりも信用できる」というのが、その場限りの嘘なのは見え見えだろう。だけど、時尚がそう口にした以上、それがさしあたり真実になるのだから、「時尚は蓮也を信じている。だからその答えを教えて欲しい」という要望に蓮也は答えなければならない。
状況をまとめると、「僕を疑うんだ」と口にする蓮也に対して「蓮也ではなく康太を疑っている」と返す時尚。蓮也は、その信用に応えるために、康太の疑いを解決するために、爆弾を持っているか持っていないかを出さなければならない───ということだった。
そして、蓮也の出した答えは───
「───これだよ、答えは」
その言葉と同時に、蓮也は時尚に触れる。この状況なら、蓮也は「爆弾を持っていない」と嘘をついた訳ではないので、蓮也に「大嘘憑き」というレッテルが貼られることは避けられた。
中立の第三者から見れば、蓮也は「ゲーム上仕方ないこと」を行っただけなのだ。それは、奈緒を殺害した時と同じである。
───そんなこんなで、爆弾は蓮也から時尚へ移動する。
「やっぱり爆弾持ってたじゃんか」
時尚は、爆弾を渡してきた蓮也にしかめっ面を見せる。
「僕は運動神経と心用皆無だから、誰かに爆弾を渡そうとしてもできない。でも、時尚なら友達がいるでしょ?」
「───俺に友達を売れっていうのか?」
「大丈夫だよ、まだ爆発するまでにはかなり時間がある。こうやって、爆弾を繋げていくんだよ」
蓮也は、時尚に対してそう説明しながら別の人に爆弾を渡すことを唆す。
「俺が誰かに爆弾を...」
時尚は、思案する。
誰に爆弾を渡せばいいのか。誰に渡したら許してくれるのか。
───そして、時尚は覚悟を決めたかのように頷いた。
「よし、決めた。俺も誰かに爆弾を渡す。これはゲームだ、仕方ないよな」
まだまだ爆弾が爆発するまでには時間がかかる。時尚はそう考えた。
───こうして、第6ゲーム『件の爆弾』は進んでいくのだった。