6月18日 その⑰
第6ゲーム『件の爆弾』のルール(オニ側)
1.ゲーム会場内にいるデスゲーム参加者の中から、3人のオニが選ばれる。
2.オニは3人それぞれに、違った爆弾と勝利条件・敗北条件が授けられている。
3.オニじゃないデスゲーム参加者───逃亡者は、試合開始から30時間生き残れば勝利となる。
4.オニは時限爆弾オニ・移動型爆弾オニ・爆発オニの3人である。
8.移動型爆弾オニは、触れた人物に爆弾を移動させることができる。尚、触れられた人物が触れた人物に爆弾を返すことは不可能である。
9.移動型爆弾オニの爆弾は、ゲーム開始から24時間経過以降、ランダムなタイミングで爆発する。
10.移動型爆弾オニは、その性質上敗北条件はない。
13.爆発した人物は、近くにいる物質を巻き込みながら爆発する。尚、時限爆弾オニが爆発する時のみ、周囲を巻き込まない。
14.勝ちたければ、逃亡者を捕まえろ。
───智恵と愛香の2人が対峙する。
周囲に人はいない。ここから誰かが妨害に入ることはない。
栄に好意を持つ───片方は栄と付き合っており、片方はその好意にすら気付いてもらえていない2人が、栄を交えずに邂逅する。
今、愛香は移動型爆弾を保持している。これは、タッチすれば爆弾を相手に移動させることができるというものだ。
智恵は、愛香がそんな爆弾を持っていることなど知る由もないし疑うこともしないだろう。
───それが故に、愛香が爆弾を押し付けて自分に安寧をもたらすにはこれ以上ないチャンスであった。
愛香は、獲物を凝視する虎のような目で、だが何か危害を加えようと悟られないように気をつけるという、一種の矛盾を孕んだような目で智恵のことを見ていた。
一方の智恵は、深い考えや作戦も何も無いし、そんなことを考える必要もないので、キョトンとした顔で愛香のことを見ていた。
「愛香ちゃん、誰とも一緒じゃないの?」
「妾が誰かと行動する訳あるまい」
「そっか。じゃあ、私と一緒に行動しない?」
「何故妾が智恵と───貴様と行動しなければならない?」
愛香は、わざわざ智恵のことを「智恵」ではなく「貴様」と呼び直した。そこには、栄から寵愛を受けている智恵への嫉妬が含まれているかもしれない。
栄の前では、智恵に対して───正確には、栄と智恵の2人に対して、恋愛的な興味の片鱗も見せていないのだが、栄がいない今、それをひた隠しにする理由はない。
どうせ、智恵は馬鹿だ。気付きはしない。
「どうしてって...愛香ちゃん、寂しそう」
「───は?」
愛香は、智恵の頓珍漢で素っ頓狂で、平和ボケした言葉に開いた口が塞がらない。
まさか智恵から「寂しそう」だなんて言われるとは思ってもいなかった。かける声が馬鹿らしければ、喋る内容もアホらしい。議論のしがいなど無いだろうし、智恵に言葉を巧みに操ることなど不可能だろう。
それだと言うのに、智恵は「寂しそう」と言葉を投げかけてくる。
「妾のことを知った気になるなよ、貴様。傲慢だぞ」
「ごめんね。でも、寂しそうだったから」
「どこが寂しそうだと言う?妾は一人だ。一人に慣れている」
「愛香ちゃんはずっと一人だったんでしょ?だから、ずっと寂しそう。皆の前では、カッコつけてるから言ってなかったけど、前々から気付いてたよ。昔の私と一緒で、寂しそう」
「───」
きっと、智恵には深い考えも愛香を陥れようとする感情も何も無いのだろう。
馬鹿だから、ただ思っていることを口にしているだけ。能天気だから、伝えたいことを伝えているだけ。
───だが、愛香が先程まで「頓珍漢で素っ頓狂」だと思っていたことは、愛香の心の奥底の核心を見事に的中させたのだった。
「妾は寂しくなんかない」
「強がらなくていいよ。私の方が弱いから。それに、ここは誰もいない。ずっと歩いてたけど、誰も見つけられなかったし」
「───智恵、知ったような口を聞くな」
無意識に、愛香の智恵への呼び方が「貴様」から「智恵」へ戻る。
実際、愛香は寂しかった。デスゲームに参加する前のことを話すつもりは毛頭ないが、彼女は孤高の───いや、孤独の人生を送っていた。
愛香だって、苦しかった。
だけど、己のプライドが、社長令嬢というレッテルがそれを認めなかった。許さなかった。
「大丈夫、同学年だけど年は私のほうが上。私は馬鹿で留年してるから。だから、私には弱さを見せてくれてもいいんだよ」
「───」
愛香は、智恵の言葉に返事をしない。
唐突な年上ムーヴに苛立ったのか。答えは否。
では、智恵の生温い優しさに苛まれたのか。否、それも否。
愛香は、智恵の優しさを素直に受け止めてどうすべきか沈思黙考していた。
愛香は、今移動型爆弾を保持しているオニなのだ。一度でも触れてしまえば、智恵に爆弾を渡すことができる。
「───愛香?」
黙り込んでしまった愛香を心配するように、智恵は声をかける。その呼びかけは、「愛香ちゃん」ではなく「愛香」と対等な関係に戻っていた。
「愛香、寂しいのなら私と一緒に行動しよう。全部はわかってあげられないけど、半分なら、1/4ならわかってあげられるかも」
そう口にして、愛香の手を握ろうとする智恵。
これはチャンスだった。自ら愛香に触れて移動型爆弾を貰ってくれるのであれば万々歳。
そのまま、智恵は愛香に触れ───」
「触るなッ!」
「───ッ!」
愛香は、大きな声を出して智恵に触れられることを拒絶する。智恵はその声に驚き、蛇に睨まれた蛙のように動きを止めた。
「貴様なんぞと妾は行動しない。一人で野垂れ死んでおけ」
そう口にして、愛香は智恵に爆弾を譲渡することなく、その場を去っていく。
───これは、愛香なりの優しさだった。
「寂しくなったら、待ってるから」
智恵は、怒ったような口調で去っていく愛香の背中を泣きそうになりながら見て、そう言葉を投げかけた。
───愛香は智恵に嫉妬していた。
栄と付き合っているから───という理由もあったが、一番大きいのはそれではない。
愛香は、智恵の持つ馬鹿馬鹿しい程の優しさに嫉妬していた。
「───すまん、智恵。妾に優しさは響かない」
愛香はそう嘘を憑く。
───愛香は保有している移動型爆弾を、智恵と邂逅した15分後不意に鉢合わせた中村康太に押し付けた。
───智恵に爆弾を押し付けなかった事実を、愛香の「優しさ」と呼ばずしてなんと呼べばいいだろうか。
───愛香を除いて誰にも知られていない智恵への「優しさ」は、デスゲーム会場の光に溶けていった。
これでいいのだ、これで───。
智恵を憎む気持ちと、栄を想う気持ち。
愛香はいつまでも負けヒロインで。