6月18日 その⑭
第6ゲーム『件の爆弾』のルール(オニ側)
1.ゲーム会場内にいるデスゲーム参加者の中から、3人のオニが選ばれる。
2.オニは3人それぞれに、違った爆弾と勝利条件・敗北条件が授けられている。
3.オニじゃないデスゲーム参加者───逃亡者は、試合開始から30時間生き残れば勝利となる。
4.オニは時限爆弾オニ・移動型爆弾オニ・爆発オニの3人である。
8.移動型爆弾オニは、触れた人物に爆弾を移動させることができる。尚、触れられた人物が触れた人物に爆弾を返すことは不可能である。
9.移動型爆弾オニの爆弾は、ゲーム開始から24時間経過以降、ランダムなタイミングで爆発する。
10.移動型爆弾オニは、その性質上敗北条件はない。
13.爆発した人物は、近くにいる物質を巻き込みながら爆発する。尚、時限爆弾オニが爆発する時のみ、周囲を巻き込まない。
14.勝ちたければ、逃亡者を捕まえろ。
裕翔は顎を蹴られ舌を噛み、口から流れる血を左手の甲で拭う。裕翔の左手の甲は、淀んだような赤い色に染まった。
裕翔は、目の前で仁王立ちしている愛香の方を睨み、明確に敵意を顕にした。
「その程度で吐血とは、ヤワな男だな」
「口の中なんか鍛えられないだろ。舌を強く噛めばお前だって血は出る」
「噛むような場所においているのが悪い。ところで舌の場所って、変な感じしないか?」
「───」
愛香の言葉に耳を傾けた裕翔は、自らの従来の舌の位置に違和感を持ち始めてしまう。
「───最悪、舌の位置って意識し始めると変な感覚残るんだよな。永遠って気になるってか」
「貴様のせいで妾も違和感を覚えてきた」
「お前が言い出したんだろうが!」
文字通りの舌戦の次に行われるのは、肉弾戦。
十数歩後ろにある海に背を向けて立つ裕翔と、遠くにある森林に背を向けて立つ愛香。
───先に動き出したのは、裕翔の方だった。
背水の陣である裕翔から、直線的に愛香の方へ動く。
「単調な動きだ。見るに耐えん」
そう口にして、愛香はグルリと体の向きを180°回転させて、森林の方へ走っていく。
「───ッ!逃げるのか?」
「三十六計逃げるに如かずと言うが、貴様ごときを相手にするのに妾が試行錯誤するわけ無いだろう。貴様なぞ殴って蹴れば勝手にくたばる」
愛香はそう言っているが、彼女は裕翔と会話を交わしている中で様々な考察を交わしていた。
───その中で、愛香は「自らが逃亡した時に追いかけてこなければ茉裕に何か別の命令をされている」という仮説を立てた。
愛香は「裕翔が茉裕に操られている」という思い込みの中、考察を進めているがそれは全く勘違いである。
だけど、それを訂正する情報を愛香が知る由もないので、彼女の考察はそれを前提に進んでいく。
愛香の「自らが逃亡した時に追いかけてこなければ茉裕に何か別の命令をされている」という仮説の説明はほとんど不要だろう。
愛香は強者であり、戦えば少なからず怪我をするだろう。それに、茉裕が愛香を潰す理由としては「その体質が知られている」というので十分だろう。
彼女は、その体質を隠してデスゲームを生き延びている。だから、それを拡散されるということはそれなりに痛手になるのだ。
愛香は、その体質をクラスメイトの中で唯一信頼してる栄にのみ伝えていた。尚、歌穂はその事実が発覚した時に一緒にいたので、伝えざるを得なかった。
そんな希少な情報を知っている愛香の命を、茉裕の軍勢が狙ってくるのは当たり前だろう。
だが、それ以上に優先すべき命令があった場合は愛香を追いかけるのをやめるだろう。
茉裕は、その気になればクラスの半分を操ることだって可能な能力だ。だから、わざわざ裕翔を温存する必要はない。愛香に対しての使い捨ての駒に適役である裕翔に命令を下す場合、それは愛香の命より重大な何かがあるとき───であろう。
もし、それがあればその時はその何かわからぬ重大な作戦を阻止するために裕翔を殺す必要がある。
───が、特に他に大きな理由もなく裕翔が襲いかかってくるのであれば逃げ切ってしまえばいい。
これはデスゲームだ。生徒会とオニが協力している可能性だって十分にあるし、そうじゃないにしても同じところにずっといるのは危険だと判断していた。
こんな見晴らしの良い砂浜で、裕翔と戦闘していては漁夫の利が狙われてしまうだろう。
「───妾を追ってくるというのか...」
愛香は、森林近くまで走っても尚自らを追ってくる裕翔を目視し、今後の行動を確定する。
「逃げる───フリをして隙をついて殺害する」
裕翔は茉裕の手先───だと思っている愛香は、敵を減らすためにも裕翔に奇襲という形で殺す作戦を立てる。
「まずは、どうにか撒かねば」
そう口にした彼女は、そのまま軽々しい動きで木に登り、そこからまるで猿のように軽やかな動きで裕翔へと飛びかかる。
体操服で木登りをする傲岸不遜社長令嬢の姿は、どこか不思議なものがあったがその滑らかな動きはまるでバレリーナであった。
そのまま、愛香は裕翔の顔面に対して蹴りを食らわせて───
「───ッ!」
裕翔は、咄嗟に自分の顔を守ろうと両手を顔の前で歪なバツ印のような形になるように作る。
そして、その手が愛香の足に当たり───
「───ッ!」
裕翔に強烈な蹴りがぶつかると同時に、愛香に移動型爆弾が移動する。
「これは...」
───この時、愛香は初めて理解した。
裕翔は、茉裕に操られているのではなく爆弾を譲り渡されただけなのだと。
「騙された...」
愛香がそう口にして、裕翔にその怒りをぶつけようとしたものの、もう既に裕翔は逃亡の一手を取っていた。
蹴られた顔を抑えながら、口から溢れ出る血を吐き出しながらその場から全力疾走で逃げ出す。
その行動が、「裕翔が茉裕に操られている」という仮説を棄却させる。
「引っかかった。許さんぞ、裕翔───いや、茉裕」
全ての元凶である茉裕に対して、愛香は怒りをぶつける。そして、愛香は移動型爆弾オニになったのであった。
「───さて、妾の代わりに爆弾を引き受けてくれる人を探すとするかな」
愛香は、裕翔を追うのを諦める。どうせ捕まえたところで、この爆弾を返還することはできないのだ。
茉裕に操られていないとわかった今、愛香が裕翔を追う合理的な理由は存在しない。
そうだからこそ、愛香は裕翔を諦めて彼とは別方向に歩んでいったのだった。