6月18日 その⑬
対峙する茉裕と裕翔の目の前に現れたのは、負けず嫌いの負けヒロイン───愛香であった。
だけど、ここには栄は存在していないので彼女が負ける要素はどこにも存在していない。
「妾に敵対し操ろうとした茉裕に、常日頃から態度が気に食わない裕翔の2人。ここで貴様ら2人を海の藻屑にしない理由はなさそうだな」
「随分と偉そうだなッ!茉裕、ここはオレと協力してコイツを───」
「嫌。協力するつもりなんて無い」
その言葉と同時に、スッと茉裕は裕翔の体に触れる。裕翔の体には、一瞬の嫌悪感と同時に脳内にやって来るのは、『件の爆弾』のオニ側のルールであった。
第6ゲーム『件の爆弾』のルール(オニ側)
1.ゲーム会場内にいるデスゲーム参加者の中から、3人のオニが選ばれる。
2.オニは3人それぞれに、違った爆弾と勝利条件・敗北条件が授けられている。
3.オニじゃないデスゲーム参加者───逃亡者は、試合開始から30時間生き残れば勝利となる。
4.オニは時限爆弾オニ・移動型爆弾オニ・爆発オニの3人である。
8.移動型爆弾オニは、触れた人物に爆弾を移動させることができる。尚、触れられた人物が触れた人物に爆弾を返すことは不可能である。
9.移動型爆弾オニの爆弾は、ゲーム開始から24時間経過以降、ランダムなタイミングで爆発する。
10.移動型爆弾オニは、その性質上敗北条件はない。
13.爆発した人物は、近くにいる物質を巻き込みながら爆発する。尚、時限爆弾オニが爆発する時のみ、周囲を巻き込まない。
14.勝ちたければ、逃亡者を捕まえろ。
「あ...これが...」
「それじゃ、後は頑張ってー」
裕翔は茉裕を捉えようと動いたが、その間に茉裕は裕翔から逃げるように全力疾走。裕翔は本気を出せば茉裕にくらい楽々追いつけることもできそうだと言うのに、それをしなかった。
それは、ルールの中にある「移動型爆弾オニは、触れた人物に爆弾を移動させることができる。尚、触れられた人物が触れた人物に爆弾を返すことは不可能である」という記述のせいであろう。
いくら茉裕に攻め立てても、今自分の中に潜んでいる爆弾はどうしようもない。それならば、一瞬の隙をついて愛香に爆弾を押し付けたほうがいくらか安全なのだ。
「───幸い、まだゲーム開始から1時間ちょっとだ。爆弾なんかいくら抱えていても1日は爆発しない...」
裕翔はそう口にする。別に、特段焦る必要など無かった。目の前の愛香に無理に爆弾を押し付ける必要はない。
───が、裕翔にだって怒りはあった。
「散々、オレのことをバカにしてくれやがってよ!」
愛香に対する怒りが、裕翔にはあった。散々、馬鹿にするような発言を浴びされて愛香へ対する怒りは積もりに積もっていた。
裕翔にとって、栄は格下と認識されているからいつでも好きなタイミングで攻撃することができるし、これまでだってウザいほどに栄にちょっかいをかけていた。
───が、裕翔が強者認定している愛香は別だ。
愛香は、強い。裕翔と愛香が属している3-Αの中で、2位3位を争うほどには強い。
だから、好き勝手に戦闘を行うことができなかったのだ。
だけど、この第6ゲーム『件の爆弾』の中であれば、爆弾のルールがあれば愛香にギャフンと言わせることができるはずだった。
緊迫の三つ巴は、茉裕が抜け出したことにより既に崩壊していた。ここからは、生徒会メンバーの抜けて1vs1のタイマンだ。
「───貴様がバカなのは最初から決まっていたことだろうに。妾に怒鳴られても何もしてやることはできないぞ」
「そういう態度がムカつくって言ってんだ!」
「妾は最初から貴様に好かれるために行動などしていない。勘違い野郎は黙っていろ」
「じゃあ、お前はどうしてわざわざここに来たんだよ。茉裕を追わないということは、生徒会が目的は無いってことだろ?そうなると、必然オレになる」
「いいや、違う。興味があるのは貴様ではない。妾の興味は依然茉裕にある」
「じゃあ、何故───」
「貴様に話す必要など無い。どうせ、後々気付くだろうよ」
愛香は裕翔に話さなかったが、筆者は読者に話す必要がある。
そのため、話す。
愛香は、裕翔が茉裕に心酔している───と、勘違いしているのである。
だけど、実際に行われたのは移動型爆弾オニが茉裕から裕翔に変わったことであり、裕翔は全くと言っていいほど操られていない。
茉裕も、裕翔は操る必要もない───と考えていたのだろう。知らぬ間に自ら生徒会に協力していると考えると、なんとも滑稽だけれど大切なのはそこではない。
愛香は、操られている手先の抹殺として裕翔を狙っていたのだった。
まだ愛香は、沙紀がピッケルを振り回し命を奪おうと画策していることを知らない。
だから、真っ先に狙うのは親玉の茉裕と裕翔の2人であった。
───と、ここで何故愛香は「心酔させている茉裕」を狙わなかったのか、と思うだろう。
愛香は、茉裕が「自分を殺した人を死んでも殺せ」と命令している可能性を考えていたからだ。もしそれだと、一体何人いるかもわからない茉裕の操り人形を一度に一気に相手することになる。
愛香だって、それは避けたかった。
だから、周囲の人物から消していく作戦を立てていたのだ。その作戦は、栄と共有してはいない。
「───貴様なんぞ、一瞬で倒してやる」
「ハッ!オレが勝ったらお前を全裸にひん剥いて皆にその醜態を晒してやるよ」
「キモ」
「は?!」
愛香の気の利いた返し───ではなく、ただ単に女性としての率直な感想をぶつけられ、思わず驚いてしまった裕翔の顎に衝突するのは、愛香の膝であった。
「───へぐっ!」
「舌を噛んだのか?だから、喋るなと忠告しておいたのに。人の優しさも感じ取れないとは愚かなものだな」
顎を蹴られ、その衝撃で舌を噛んだ裕翔の口から血が垂れる。
───やはり、愛香は強者なのであった。
愛香に「キモ」って言われたいの会、発足───。