6月18日 その⑦
生徒会メンバーである茉裕に心酔し、彼女の操り人形になっている沙紀に狙われているのは、誠。
誠は、沙紀から奪った武器であるダガーを、沙紀は予め仕込んでおいた武器であるピッケルを持ち、命をかけた殺し合いを開始する。
土を踏みしめる音がして、その力強い踏み込みから地面が若干へこんだことを感じつつ沙紀はそのピッケルを持って誠の方へ迫りくる。
───きっと、茉裕に操られていなければ、この人生の中で沙紀は誰かと戦闘するなんて経験は無かっただろう。
栄の背中をナイフで刺し、誠を殺すためにピッケルを握りしめている今の彼女を、戦闘しないか弱い女性───と認識するのは難しいかもしれないが、一般社会を生きていれば、女性はおろか男性の半分だって戦闘を経験したことがないだろう。
彼女は、結局のところか弱い少女なのだ。
───が、それだと言うのにどうして沙紀はこれほどまでに強者として君臨しているのか。
沙紀に何か特別な能力・体質が授けられているわけでも、敵キャラは男女問わず強くなる補正というわけでもない。沙紀が持つこの強さも、茉裕に心酔し操られているが故の結果なのである。
───人間は、通常時は約30%程の筋肉しか使えていない。
それは、誰だって同じこと───もちろん、どれだけ天才な皇斗であっても、どれだけ傲慢な愛香であっても、どれだけ負けず嫌いな美玲だっても、どれだけ聡明な誠であっても、同じことだった。
だけど、茉裕の操りによって、脳みそに直接語りかけて、火事場の馬鹿力を常時出るような状態に、今現在沙紀はなっている。
人間よりも何倍も力強い馬でさえ本気を出したら死ぬというのに、人間が本気を出し続けるということは、生物として非常に危険な状態───命を削って、発揮しているに過ぎない。
沙紀が強者として君臨している理由は、HUNTER×HUNTERに登場するクラピカの持つ能力である絶対時間や、ドラゴンボールに登場する天津飯が使用する技である気功砲のように、寿命を削って100%の力を常時出しているからである。
寿命を削ることなど全く気にせずに、捨て駒のように沙紀のことを使用している茉裕は、悪魔と形容するのが最も正確だろう。もっとも、茉裕にそんなことを言ってもマスコット大先生に倣って「私は人間よ」だと答えそうだが。
「───こっちに来るか」
誠は、8m程前方から接近してくる沙紀に対して、両手に1本ずつ持っているダガーを構える。
そして、沙紀に応えるようにして行動を開始する。
誠に接近し、大きくピッケルを振り上げ誠へ攻撃しようとする沙紀の隙は大きい。誠は、沙紀から距離を取りピッケルを振り下ろすのを待った。
「───ッと!」
沙紀がピッケルを振り下ろすと、地面が大きく抉れる。茶色い土が掘り起こされ、中から黒色の硬い土が姿を表す。
すごい威力だ。流石は、人間の100%の力と言えるだろうか。
「私は、茉裕様に褒めてもらいたいの!」
その言葉と同時に、地面に深く突き刺さったピッケルが瞬く間に抜かれて、誠の方へ向けてまるで鎌のように振られる。
「───安直な動きだが、ピッケルの危険性故に攻めにくい...」
誠は、1歩ずつ迫りながら行ってくる沙紀の攻撃を、1歩ずつ下がりながら避ける。
ブンブンと、ピッケルが乱雑に振られる音が閑散とした森林の中には響いていた。
このまま1歩ずつ後退しながら、振られるピッケルを避けていても埒が明かないので、誠は動き出す。
そう、誠は近くにある幹の太い木の方へ走っていく。そして、誠はタッタッタッと軽快なリズムで重力を否定するかのように木に登り、そこから沙紀の方へ飛びかかる。
───どうして、沙紀が必要以上に執拗に誠のことを追ったのか。
誠は、生徒会にとって十分な危険人物であるからだ。
文武両道であり、第一回試験でも満点の皇斗に次ぐ2位の成績を残している誠を危険視するのは理解できるが、理由はそれだけではない。
───誠には、覚醒する可能性が十分に存在しているのだ。
第4ゲーム『分離戦択』で栄と協力しつつ靫蔓と戦い互角の勝負をタイマンで繰り広げ、ラストバトルで九条撫子と勝負で勝利1歩手前まで行った男。
前者は栄の存在あって負けを認めさせ、後者は撫子を覚醒させてしまったことで敗北を喫した。
いつだって一人では生徒会メンバーには勝てない誠だったが、撫子のように覚醒する可能性は存在していた。
───戦いの結果を一瞬でひっくり返してしまいかねない覚醒を避けるためにも、生徒会は誠を警戒しているのだった。
もちろん、何か大きな決定的な変化が無ければ覚醒など起こらないので今回は起こらない。
だけど、覚醒が起こらずとも誠は十分に強者なのであった。そのことを、沙紀は───否、沙紀を操る茉裕は再度理解する。
───そう、誠は木を蹴ってその反動で沙紀へと接近し、片方のナイフでピッケルを止めてもう片方のナイフで沙紀の頬を切りつけたのだった。
「───ッ!」
そのまま、誠の体重がかけられた沙紀はその場に倒れてしまう。そして、沙紀の手はピッケルを放し誠の腕に触れ───
「動けない...だと?」
「タッチ。残念、これは鬼ごっこだよ」
沙紀はそう口にする。そして───
第6ゲーム『件の爆弾』のルール(オニ側)
1.ゲーム会場内にいるデスゲーム参加者の中から、3人のオニが選ばれる。
2.オニは3人それぞれに、違った爆弾と勝利条件・敗北条件が授けられている。
3.オニじゃないデスゲーム参加者───逃亡者は、試合開始から30時間生き残れば勝利となる。
4.オニは時限爆弾オニ・移動型爆弾オニ・爆発オニの3人である。
5.時限爆弾オニは、触れた人物を3時間後に爆発させることが可能である。だが、再度触れられてしまうと爆弾は解除される。尚、ゲーム開始から27時間経過後以降にタッチされた場合、試合終了時に解除されていなかったら爆発する。
6.時限爆弾オニに触れられた人物は、5分間その場から動けなくなる。
7.時限爆弾オニは5回以上爆弾を解除された場合、敗北となり死亡する。
13.爆発した人物は、近くにいる物質を巻き込みながら爆発する。尚、時限爆弾オニが爆発する時のみ、周囲を巻き込まない。
14.勝ちたければ、逃亡者を捕まえろ。
───誠の脳内に流れ込んできたのは、これらのルールであった。