6月16日 その④
ガタリと大きな音が鳴り、俺とマスコット大先生の間に置かれていた机が倒れる。
マスコット大先生は、俺の首に両方の腕を伸ばし俺の首を絞めてきたのだった。
「───ぐ...」
俺は、マスコット大先生の手からどうにかしようとするも、マスコット大先生は俺の首を持ち空中へ持ち上げる。俺は、呼吸困難に陥りそうな肉体をバタバタと動かし、必死に抵抗するもののマスコット大先生は俺を離さない。
「本来であればGMが───正確には、デスゲームの運営側が現在進行系で行われているデスゲームの参加者を殺してはいけないというルールがあるのですが、今回は園田茉裕さんに操られている状態ですのでノーカウントとさせていただきます」
マスコット大先生は、いつもと変わらない───いや、いつもよりも冷酷な口調でそう口にした。
マスコット大先生にとって、俺の殺害は事務作業だ。マスコット大先生は、恋愛的な感情ではない何かで茉裕に操られている。
「う...ぐが...」
俺は、自由な両手を使い、マスコット大先生の両手を首から離そうとする───が、離せない。
目の前にいるのは、大の大人だ。既に肉体としての全盛期は過ぎているだろうが、彼だって男だ。
自らの子供には負けない───負けたくないという意志があるのだろう。
マスコット大先生は、俺の首をガッシリと掴み離そうとしない。
───このままじゃ、マスコット大先生に殺されて窒息死してしまう。
まさか茉裕は、俺が「茉裕の体質について」を質問することを察して、こうしてマスコット大先生を操っていたのだろうか。それとも、いつか「茉裕の体質について」を話すことになったら話し終わった後に首を絞めろ───と、命令していたのだろうか。
どちらが正解か、今の俺にはわからないし、判別する方法も知る由もないだろう。
今必要なのは、首を絞めるマスコット大先生の手をなんとかして離し、ここから逃げること。
それができなければ、如何なる思案も無駄になってしまう。
俺は、マスコット大先生の腹部を同じく自由な右脚で蹴ってダメージを入れる。そろそろ、俺も限界だ。
これ以上動いたら、酸素不足で意識を失ってしまいそうだ。
───それだと言うのに、マスコット大先生の俺の首を絞める両手は離れない。
マスコット大先生は、何も喋らずに被り物についている目で一心にこちらを見ていた。もう、俺はマスコット大先生に何かをすることができない。もう、俺は窒息死───。
───それでいいのか、俺は。
助けが来ない状況で、こうも簡単に諦めてしまっていいのか。
一瞬でも、頭の中に窒息死が過った事に吐き気がして虫酸が走る。俺は、諦め悪く再度体を動かしマスコット大先生の体を蹴る。次に狙ったのは腹部───ではなく、男性の急所である股間であった。
「───ッ!」
マスコット大先生は、俺の1発に驚いた───というか、流石に痛かったのか俺の首を絞める力が一瞬緩まる。俺は、その隙にマスコット大先生の両手を剥がしてボトリと地面に落下する。
「はぁ...はぁ...死ぬところだった...」
「殺し損ねましたか...ですが、次こそは油断しません」
マスコット大先生は、俺の蹴り上げた股間を押さえつつ、そんなことを口にする。
「どうして...どうして、茉裕に操られてるんだよ。俺の母さんはどうしたんだよ!」
「別に、望のことは変わらず愛しています。茉裕さんに操られているからって、茉裕さんに恋をしたわけではありません」
「じゃあ、どうして...」
「私は先生として、生徒一人一人を大切な我が子のように平等に愛しています。ですから、その愛が惚れた判定になってしまったようですね」
マスコット大先生は、操られているのは自分なのにまるで他人事のように語っていた。
「───そうなのかよ」
俺は、吐き捨てるようにそう言葉にする。理解はできたけれど、納得できていなかった。
だって、俺はマスコット大先生の───池本朗の子供なのだ。それなのに、他所の子供である茉裕に操られた実の父親に殺される───だなんてのは胸糞悪い。
「助けを...」
俺は、誰かに助けてもらおうと教室を出ようとするけれども、マスコット大先生が先回り。俺を阻むようにして、教室の出口に周り、扉の鍵を閉めた。
「鍵なんか閉めても、平気で蹴り破ってきそうな人は多いですが...一応閉めますよ」
「───」
俺は、マスコット大先生の言葉に返事をしない。だが、一瞬で扉を開けて逃げる───というのは不可能になった。
マスコット大先生を引き付けて、一気に距離を離して逃げる───といった方法が一番賢いだろうか。
───などと考えていると、マスコット大先生は俺の方へ進んできてそのまま俺の右の頬をぶん殴る。俺は、その攻撃に対処できずに、教室前方にあるホワイトボードに頭をぶつけた。
「───ぐっ!」
マスコット大先生は、そのまま俺に馬乗りになるような形で首を絞める。またしても抵抗できなかった。
「さて、もう今度は逃がしませんよ。池本栄君───」
その言葉と同時に、鍵のかかった教室の扉が蹴り破られて中に入ってきたのは一人の人物。
「栄きゅん、どうして首を絞められてるんだピョン?マスコット大先生とそう言うプレイ中だピョン?」
「───宇佐見蒼君ですか...面倒くさい」
そう口にして、マスコット大先生は俺を人質のような形に捕らえながら立ち上がる。
教室に入ってきていたのは、クラス一の煽り力を持つウサギ系男子───宇佐見蒼であった。