6月14日
休日明けの教室は、どこかドンヨリとしていた。
6月で雨の時期だというのに、一滴だって雨が降らない───それどころか、雲一つだって空に浮かばないこの不思議な立地の校舎であったが、教室だけはドンヨリとしていた。
その静寂の中、口を開いているのはいつものように名前も知らない───いや、最近話され続けていい加減名前を覚えてきた世界の艦隊の話をしている時尚だった。
この学校に入学して既に2ヶ月半。そこまでして話すことがあるのか───と思っているけれども、彼のその口は止まらない。
俺は、彼が口を閉じるのは半ば諦めて、適当に相槌を打っていた。
───と、その時。
「おい、栄」
「ん、どうした?」
俺の左斜め後ろの席から声をかけてくるのは、愛香であった。時尚と喋っている───正確には、一方的に話されているのを中断するような感じで、愛香に声をかけられる。
「わかっているだろうな、善は急げだ。ホームルームが終わり次第、マスコットをとっ捕まえるぞ」
「あぁ、わかってるよ」
空気が読まない───というか、愛香に至っては空気を読んでいないのだろうけれども、いつもより少し静かな教室で、そんな会話をしていた。
───と、まぁ金曜日の『友情の天秤』で色々とイザコザはあったはずだ。
蓮也の問題だってあるし───などと、蓮也のことを話そうと思ったら、俺の後ろの席に座ったのは頭に包帯を巻いた康太だった。
「───と、大丈夫?それ」
俺に対しての艦隊講義を一時中断し、時尚は康太にそんな声をかける。
「うん。まだズキズキと痛む時はあるけれども...皇斗も後遺症が残らないよう調整してくれたらしいし、大丈夫だよ」
「と、そうだ。皇斗とは仲直りしたの?」
「まぁ...表面上はね。裏───ってか、心の底じゃお互いにいい奴とは思っていないだろうよ。栄だって、裕翔のことは嫌いだろう?」
「───そうだな」
「あ?なんか言ったか?」
裕翔は、時尚の前───要するに、俺の2つ前の席なので、康太の声が聞こえたようだ。康太は「なんでもないよ」と答えると、少し首を傾げてそのまま席に座った。
「でもまぁ、喧嘩しっぱなしはよくないし、皇斗とは嫌でも仲良くしとかないとさ。敵にはしたくない」
「なんか...康太も裏では───ってか、心の底では色々考えてんだな。もっと、好きな人はとことん好き、嫌いな人はとことん嫌いみたいな、性格だと思ってた」
「別に、俺だって人間だ。嫌いだからって嫌いっぱなしじゃ駄目だし、色々思慮深くないと生きていけない。まぁ、皇斗はともかく、奈緒を殺した蓮也は絶対に赦しはしないけど」
康太は、蓮也のことでそう声に出す。
俺達は一番廊下側に近い席だけど、蓮也は一番窓際の席だ。蓮也は、顔を突っ伏して誰とも話していなかった。
───まぁ、蓮也は孤立している。話したくても、話す人はいないだろう。
「まぁ、とにかく康太に大怪我がなくて良かったよ」
「あぁ、ありがとう」
「おはようございます!!」
俺達が話している間に、教室に入ってきたのはマスコット大先生。いつもと同じ被り物で、教室にやってきました。
「なんだか、今日はジメッとしてますね。雨が降るとかはありませんし、皆さんの気持ちの問題ですかね」
マスコット大先生も、このドンヨリとした空気を感じているようだった。だけど、マスコット大先生が何か明るいことを言ってこの雰囲気をよくする───なんてことはしない。
「まぁ、事務的な連絡でも。今週末も、第6ゲームを行います。ですので、今週末は体操服を用意しておいてください。連絡は───これ位ですかね。それでは、また」
そう口にすると、マスコット大先生は教室を出ていく。
「栄」
「わかってる、愛香。行こう」
俺と愛香の2人は、教室を出て3階へと移動しようとするマスコット大先生を階段で足止めする。
「おや、2人共。どうかしましたか?もしかして、デートのお誘いにでも?」
「たわけ。誰が貴様なんぞをデートに誘う」
「おっと、失礼。私は既婚者ですので、デートのお誘いはお断りしなければ」
「貴様、いつまで教師と生徒の禁断の恋というものに憧れている!」
「え、クラスメイトとクラスメイトの父親という親子丼を狙っているのでは無かったんですか?」
「はぁ...全く、聞いて呆れる。栄も、父親がこんな変態だと大変だろう」
「俺もコイツの遺伝子が入ってるって思いたくない...」
「───んで、冗談はさておき。本題はなんですか?」
「先日のこっくりさんに続き、蛇神ナーガと来た。本来であれば存在しない生物共が、どうして存在している」
愛香は、単刀直入にマスコット大先生に質問した。
「そうですね...その疑問にお答えしてあげたい気持ちは山々なのですが...それはできません」
「何故だ」
「まだ、知るべきではないからです」
「───は?」
「鬼龍院靫蔓君風に言えば、伏線回収はまだ───ですよ」
「それで妾が納得行くわけ───」
「続きの話は、水曜日に行うつもりの個人面談で行いましょう。そこでなら、口を滑らせるかもしれません」
マスコット大先生はそう言うと、階段を登っていく。
───面談。
どうやら、今週も忙しくなりそうだった。