6月11日 その㉔
巨大な龍の姿をした龍神ナーガの目の前に姿を現したのは、第2回デスゲームの生徒会メンバーとして生き残った傑物───大神天上天下であった。
名字に「神」を持ち、龍神ナーガが守っていた釈迦が生まれた際に放ったと言われている「天上天下」という名を持つ彼が、ここに来たのは何かの縁だろうか。もしくは怨嗟だろうか。
それに関してはわからないが、彼がマスコット大先生の死亡にいち早く勘付きここに来れたのは、運命だと言ってもいいだろう。
狼の被り物をして、和服に身を包んだ大神天上天下が腰に携えていたのは、日本刀。
こうやって武器が出てきてしまったら、もうこれが「デスゲームを題材にした小説」だとは言えず「アクション小説」だと言わなくちゃならなさそうだが、一応これはヒューマンドラマ。
人間を超越した人間と、悪魔のバトルでヒューマンドラマを語るのである。
「───ほな、勝負や」
森宮皇斗が圧倒できなかった相手。森宮皇斗が対等に戦った相手───そんな大神天上天下は、皇斗との勝負を楽しんでいた。
そう、彼は皇斗との勝負で本気を出していなかったのだ。
───それは、龍神ナーガと言う名の悪魔でも同じこと。
「憎たらし───いッ!」
龍神ナーガが口癖を口にすると同時、大神天上天下は抜刀する。そして、龍の姿をした───真の姿をした、龍神ナーガの脚を全て斬り伏せたのである。
「言うとくけど、本気は出してへん。オノレをいてこますのなんか、これまでとも変わらんお遊びや」
「憎たらしいぞ、小僧ッ!」
その直後、龍神ナーガが大神天上天下に向かって放つのは咆哮。
空間を歪ませて、固まった空気の塊をぶつけて相手を吹き飛ばす技の最高出力。
この技は、空気の移動を利用した技であるために不可避である───が。
「悪魔っちゅうのはその程度なのか?一振りで止められて、面白ないな」
「───ッ!」
大神天上天下は、刀を振るって龍神ナーガの放つ咆哮を、止める。
非科学的な悪魔の放つ非論理的な攻撃を、理不尽な程に最強な男は、不条理にも吹き飛ばしたのだった。
非常識の範囲内である皇斗でさえ、先程の技では少し吹き飛ばされていただろうに、非常識の例外である大神天上天下の前では、何も通用しなかった。
「まだまだやな。悪魔もお遊びにしかならんのか。ワイを満足させられる生物ってのはこの世におらへんのかなぁ...」
大神天上天下は最強が故の憂慮を口にして、次の瞬間には龍神ナーガの首と胴を切り落とす。
「───な」
龍神ナーガは、抵抗することもなく首を切られて、そのまま塵となって消えていく。
───龍神ナーガは強いはずだった。
仮にも悪魔であるし、第5回デスゲーム参加者であれば、皇斗を殺すのに少し手こずる位で、他のメンバーであれば全員楽に殺すことができただろう。
が、立ちふさがった大神天上天下が強すぎた。
彼はまだ、本気を出していない。皇斗と行った肉弾戦でも、彼は本気を出していなかった。
その理由としては「本気を出すと大人げないから」というものだった。
彼は舐めプをしているわけではない。ただ、相手が「可哀想だから」と慈悲を持って勝負をしていたのだった。
彼が、本気を出して対等に戦える相手というのは出会ったことがない。
───いや、一度だけあるだろうか。
彼が第2回デスゲームに参加していた時に、彼がまだ少しだけ若かった時に、彼がまだ現在の至高に辿り着かなかった時に、一人の女と対峙していた。
彼女こそが大神天上天下を超える最強であり、彼女がいたからこそ、彼女を殺したからこそ大神天上天下は今いる至高に上り詰めることができたであろう。
大神天上天下を超える最強であり、大神天上天下の想い人であり、大神天上天下の憧れである人物───亀有群雄割拠は、大神天上天下を最強に至らしめるために戦った人物であり、大神天上天下は至高に上り詰めて以降、本気で戦ったことはなかったのだった。
まぁ、大神天上天下が本気で戦っても、全く刃が立たない相手が一人現存しているのだが、それはまた別の話だろう。
「───さて、一仕事終わったし帰るか」
大神天上天下は、そう口にしながら刀を鞘にしまう。
───こうして、完全に龍神ナーガは退治されたのだった。
***
「───お疲れ様です。大神天上天下君。助かりましたよ、龍神ナーガを退治してくれて」
龍神ナーガとの戦場から四次元に戻った大神天上天下に話しかけたのは、マスコット大先生であった。
大神天上天下は、マスコット大先生が───池本朗が何人もいることなど、知っているので驚くことはない。
「全然構わんとってすよ。強い人と戦ってみたかったやし。まぁ、今回は人やのうて悪魔でしたけど」
そう言って、大神天上天下は「ハッハッハッ」と笑う。
「それで、本気は出せましたか?」
マスコット大先生の、嫌な質問。答えはわかっているのに、わかりきっているのに聴くことがマスコット大先生らしいだろう。
「知っての通りですわ。ジブンがワイを至高に辿り着かせてしまってから、ワイの心に残るのは虚無感だけやねん」
大神天上天下は、マスコット大先生に対してそう述べる。
───大神天上天下は、想い出していた。
紛れもなく強かった想い人───否、恋人でありマスコット先生の策謀で殺し合わされた亀有群雄割拠のことを。
どれだけ強かろうと、大神天上天下も人間だった。彼だって恋をしていたし、本当は亀有群雄割拠を殺したくはなかった。
龍神ナーガは悪魔だけれど、人間の中で一番悪魔に近いのは───悪魔よりも悪魔であるのは確実に池本朗だろう。