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6月11日 その㉑

 

「オレの神は釈迦じゃねぇ。ここはオレに任せとけ」

 鈴華が皆の前でそう意気込んだと同時、愛香が蛇神ナーガに吹き飛ばされる。


 愛香の敗北ではなく、鈴華を信じての行動だろう。愛香も実際、神なんて陳腐なものは信じていなかったが、日本人であるからこそ自分の根底に、仏教的な考えが流れているのも感じ取っていた。

 だからこそ、策があると豪語しているに等しい鈴華に、この勝負を任せて、流れに沿って後方に吹き飛んだのであった。


 そんな理由があったから、愛香は壁に激突することなくフワリと地面に着地する。スカートの中身が見えないように調整しつつ、キレイに着地するところは成金であったとしても、お嬢様を思わせる。


「憎たらしいぞ。我を倒す方法なんて存在しない!」

 龍神ナーガは、そう口にして鈴華の方をギロリと睨む。常人であれば、蛇───ではなく龍に睨まれては脚が竦んでしまうだろうが、勇猛果敢な鈴華は違う。


「見せてやるよ...オレの信仰心を」

 鈴華は、そう口にして目を瞑る。っそいて───


「茉裕、お願いだ。オレを導いてくれ...オレに活路を、ヒントを与えてくれ」

「ま、茉裕だと?」


 この場にはいない、鈴華が妄信的に信じ込み愛している人物ダル茉裕の名を口ずさんだことに、部屋にいる一同は驚く。いや、愛香は鈴華が茉裕に心酔していることを───茉裕が、他人を操れることを気付いているから、驚いてはいなかった。もっとも、栄や皇斗以外にその「茉裕は人を操れる」という重大な話をしていなかったので、他の皆は驚きを隠せないのだが。


「そうか、茉裕。そうすればいいんだな」


「茉裕って、どうして茉裕を?」

「わからない、けど...」


 ───彼女の、茉裕を妄信的に想うその心があれば、龍神ナーガを超えられるような気がした。



 そう、龍神ナーガの強さは所詮伝承されたものなのである。

 話されなくなった噂は無いものと同じなように、話されない伝承はもうこの世に無かったものとされる。

 伝承が消えれば消えるほど力を失うのはこの世の摂理なのであった。


 ───それは則ち逆説的に、信じ込めば信じ込むほどその伝承は強くなるということ。


 鈴華は、その「信じ込む」と行為を伝承ではなく心の中に存在している神───茉裕に置き換えて考えた。鈴華は、目の前にいる龍神ナーガを倒すために、茉裕を想う狂信的なその感情を利用することにしたのである。


「───龍神ナーガ。茉裕と手を組んだオレの前じゃ、もう雑魚同然だ」

「憎たらしいぞ、小僧。雑魚の貴様がイキっているな」


 ───そして、2人は衝突する。


 鈴華は、その拳を大振りにして目の前にいる龍神ナーガの顔面を捉える。


 ───が、もちろん龍神ナーガだって無闇矢鱈と攻撃が当たってくれる訳じゃない。


 龍神ナーガは、鈴華のその攻撃をダッキングで避けると同時に、鈴華の腹部を狙ってそのゴツい右手でストレート。

 だが、鈴華はそれを見越したような動きで振るっていない方の左拳でパシンッと軽快な音を鳴らしながら受け止めると同時に、足払いをして龍神ナーガを転ばせようと試みる。


 龍神ナーガは、そんな小賢しい手を使おうとする鈴華のことを、嫌そうな目で見ながら、その両方の脚でしっかりと地面を踏みしめて転ばないようにしていた。

「転ばない...だろうなッ!」


 一体、鈴華はどこまで視えているのか。どこまで、心の中の茉裕に───心の中の神に教わったのか。

 それは、鈴華以外にはわからないことだし、その鈴華だっておいそれと神からのお告げを教えてくれるような性格ではないだろう。


 鈴華は、神のお告げの影響かその場の生存本能かはわからないが、龍神ナーガの動きを正確に見極めて小さく振るったナーガの左腕を右手で掴む。現在、鈴華と龍神ナーガは両の手で繋がっているような状態であった。


 ───となると、この勝負は腕を両方とも包み込むようにして握っている鈴華の方が有利な訳で。


 鈴華は、その持ち前の筋力でヒョイと龍神ナーガを持ち上げると、そのまま机を巻き込むような形で地面に叩きつけた。龍神ナーガの体躯が激突し、その白い長机はその場に転倒する。


 マスコット大先生もマスコット代先生も、『友情の天秤』でここまで壮絶な戦いが起こるとは思っていなかっただろうから、机は強固な素材ではできていなかったようだった。

 机は、龍神ナーガが衝突したところに大きな亀裂が入っており、机として物を置けるような機能は無くなっていた。


「憎たらしい...我を押し倒してどうするつもりだ!貴様らの拳じゃ我を殺すことなど───」

「あぁ、わかってる!だから、神は教えてくれた。神を殺すには、これを使えと」


 鈴華の手にあったのは、机が倒れると同時に地面に落下したまだ弾が発砲されていない───否、もう弾は発砲することができない、銃としての役割を完全に失った銃であった。


「その弾は撃てないはず...」

「お前は悪魔の出てくる小説を読みすぎだ。チェーホフの銃だっけか?そんなの現実には当てはまらないんだよ」


 鈴華は、そう伝える。

 チェーホフの銃とは要するに「物語に銃が登場したら、その銃は発砲されなければならない」というものである。実際には、もう既に発砲されるので物語としてのチェーホフの銃としての要素は満たされている───と言ってもいいのだけれども、それを否定している彼女の伝えたいこととしては「この銃は撃って使わない」ということだ。

 それは則ち要するに───



「───この拳でお前の頭を潰せなくても、銃であればお前の頭を破壊できる。そうだろう?」

「───小僧」


 鈴華に馬乗りにされて逃げ道が無い龍神ナーガは、その爆発力を持ってしても逃げることはできない。



 ───チーム1 残り時間248秒   41点獲得


 死者 田口真紀

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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― 新着の感想 ―
[良い点] 成る程。 そう来ましたか。 自分の読みも大外れではなかったようですね。 でもそこで茉裕をチョイスするまでは、 読めなかったです。 今回の結末は個人的には大満足でした。
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