6月11日 その⑲
「全く、憎たらしい。実に憎たらしい!我に本気を出させるとはな...」
メデューサのように、髪の毛代わりにインドコブラが生えていた蛇神ナーガは、再度その姿を変える。
きっと、人間が信じ込んできた神様───悪魔であるが故に、その伝承によって形が変わるように己の姿形を変えることができるのだろう。
そして、彼は───いや、真紀が肉体に憑依しているから彼女だろうか。それとも、悪魔に性別なんて概念はないからそのどちらでも無いのだろうか。ナーガに代わる代名詞を探しつつ、変化したナーガの容姿の説明をしよう。
端的に言えば、彼は竜人であった。
「我は龍神となった。貴様ら小僧なんかに太刀打ちできるほどヤワではない」
「まさか、七つのボールを集める魔訶不思議アドベンチャー!なあの作品の敵キャラのように、第一・第二・第三と進化した挙げ句、最終形態・フルパワー形態となり、最終的にはメカになったりゴールデンになったり、ブラックになったりしないよな?」
「憎たらしいぞ、小僧。我に文句を言うとは、大層なご身分だな」
「妾の親は成金だからな」
───と、愛香と会話ができる分、理性的と言えるかもしれないが、蛇神───いや、龍神ナーガの姿は感情的な側面が強いように見えた。頭がエクレアのように延びて突起が生えたような姿になるわけではない。
龍神ナーガは、胴体にはほとんど変わりがないが四肢は龍の爪のようだった。その巨大な爪を光らせて、愛香の方へ向ける。そして、先程までインドコブラが生えていたその髪の毛はもとに戻ったが、2本のドラゴンのような角だけは生えていた。
ドラゴン要素は、本当にそれだけ。戦闘力530000の白い怪物にも、7つのボールを集めると登場するギャルのパンティをくれる龍にも似ていない姿であった。
───と、龍神ナーガは愛香の方をギロリと見る。そして、ナーガは動き出したのだった。
ドンッと、その場を蹴るようにしてナーガは動き出してその体に風を纏う。空を踊るような印象を受けつつ、愛香はその攻撃を受け止めるような体勢を取ってなんとかナーガの攻撃を耐え凌ぐ。
「重い───」
愛香は、両腕でなんとか攻撃を凌いだものの、ジンジンと鈍い痛みと痺れがともにやってくることを感じて、急激に進化した龍神ナーガをその双眸でしっかりと捉えていた。
「妾の相手にとって不足なし。この前のこっくりよりも楽しめそうだ」
愛香は、そう口にして目の前の龍神ナーガの相手をすることを決心するのであった。
───その一方で、非戦闘員である梨花は、蛇神ナーガであった際にインドコブラに噛まれて脚が壊死しかけている美玲と歌穂の2人を、戦闘に巻き込まれない部屋の隅に運んだ後に、龍神ナーガへと形態変化する際にその爆風が直撃して腹部に怪我を負った奏汰を、助けたのだった。
梨花に助けられたと奏汰は、目の前にいる龍神ナーガのことを、静かに考察する。
───そう、どうしてここまで強大な戦闘力を有しているのかを。
奏汰は、目の前で現在愛香と拳を交えているその龍神のことを、非現実的なものだと考えていたし非論理的なものだと見ていた。でも、そこに存在してしまった以上「いる」と認めざるをえなかったけれども、そのデタラメな強さには納得できなかった。
もちろん、奏汰は───いや、このデスゲームに参加している大半の人物はマスコット大先生の引き起こす理不尽なデスゲームに納得は行ってなかったものの、そこには多少の論理というものが存在していた。
だけど、目の前にいる非論理的な蛇神ナーガは、その強ささえも非論理的であった。
言ってしまえば、虚実しか存在しない「嘘」の存在だとも言えるのに、「本当」の強さを有している。
要するに、伝承で「本当」だとされているから、その強さが有り得ているマザーグースの塊のような存在。
康太からこっくりさんの話を聴いたように、各地に怪異や神として伝承が残っているような生物が跋扈している───もしかしたら、マスコット大先生が跋扈させているのかもしれないが、とりあえず存在して好き勝手に暴れているのは間違いなさそうだった。
そうであるならば、目の前にいるデタラメな強さの蛇神ナーガも、こっくりさんのように名前が聴いたことのあるような有名な怪異や神である可能性が高かったのだ。
そうでないと、伝承として「本当」にされないから。
もしかしたら、真紀がナーガの強さが知っているが故に、ナーガがこれほどまでの戦力を持っているのかもしれない。だが、真紀の意識はない(と思われる)今、一瞬にして自分の腹を吹き飛ばすほどの力を発揮できるのだろうか。
───そう考えた奏汰は、腹から血が抜けていく感覚を強く感じる中で、ナーガの伝承を思い出す。
「そうだ...ナーガは...」
奏汰は、腹を庇いながらそう声を出す。それはとても弱々しい声だったけれども、近くで美玲と歌穂の看護をしている梨花の耳には、しっかりと届いたのだった。
「奏汰、お腹の傷がこれ以上開いちゃったらマズイよ。喋らないで」
「皆に...伝えてくれ...」
奏汰は、梨花の忠告を一切気にせずに梨花に伝言をする。梨花は、少し困ったような顔をしたけれど奏汰の言葉に耳を傾ける。奏汰は、自らが助かるためにもこう口にした。
「蛇神ナーガには、釈迦を───ブッダを守護していたと言う伝承がある。だから、仏教の穴を見つけるんだ...伝承を壊せ...」