6月9日 その⑩
「───あれ、拓人。どうしたの?」
俺達は、サイクリングゾーンを抜けて、スイミングゾーンに突入するところの境目───水着の上から着ている体操服を脱いでいいであおる場所に到着すると拓人と邂逅したのだった。
「あ、栄。ここまでお疲れ様」
拓人はそう言うと、俺に微笑みかけてくれる。
「どうして、こんなところで止まっているんだ?」
「あぁ...オレは泳げないんだ」
「───そうなのか?」
「うん、昔色々あってね...」
***
───少し、回想を挟もう。
これは柏木拓人───オレの子供の頃の話だ。
オレが小学3年生の頃、家族で潮干狩りをしに初めて海に行った時の話だった。
「お母さん、海だよ!」
「そうだね、危ないから大きな波には近付いちゃ駄目よ?」
「うん、わかった!」
オレは、潮干狩りに必要なバケツと熊手を手に持って浜を母親と一緒に歩く。そして、潮干狩りに没頭していた。
───と、当時小学3年生のオレは海というものに興味があったのだ。
揺れ動く水の冷たい感覚や、海という未知の世界の魅力。
それは、小学3年生で好奇心旺盛なオレにとって不思議な魔力を持った場所だったのだ。
だから、オレは海に近付いた。
───その時、悲劇は起こる。
「───え」
自然というものは、人間には計り知れない。少なくとも、当時小学3年生のオレには大きすぎるものだった。
巨大な波が、押し寄せる。オレは、母親の言いつけを破ろうとして破った訳では無いが、結果として破った形になり、波に飲み込まれる。
もちろん、スイミングスクールに通っていたわけでもないし、オレはその波に揉まれて押し流されて溺れてしまう。
鼻や口の中に大量の海水が入ってきて、鼻の奥にこれまで感じたことの無かったような痛みが体にやってくる。
オレは、藻掻いた。
どうにか、上へ上へ上がろうと藻掻いたのだった。だけど、それは逆効果。
体を動かせば動かすほどに、オレの水面は沈んでいき───。
───とまぁ、オレが今生きているということはオレはライフセーバーに助けられたのであった。
名前も知らないライフセーバーのお陰で、オレは一命を取り留めたのだが、溺れたという経験から、オレは「水」というものが怖くなった。
もちろん、水たまりだとかコップ一杯の水ならば問題ない。だけど、風呂だったりプールだったりの、大量の水があるところは恐怖の対象だったのだった。
***
「───海とは苦手なんだ。だからオレはここで諦めたんだ。別に、栄は気にしなくていい」
「誰だって、怖いものはあるよな。しょうがない」
俺は、拓人にそう伝える。
「───あ、そうそう。マスコット大先生が脱いだ体操服はここに放置してくれてもゴール地点まで持っていってくれるらしいから」
「そうなのか。ありがとう、拓人」
「それじゃ、行こ」
「あぁ、そうだね」
俺は智恵に声をかけられて、拓人に手を振りその場を移動する。俺と智恵・歌穂の3人は、拓人から数十メートル程離れた地面と湖の境界線のギリギリまでやって来る。
ここから先に、陸地は見えない。残り何キロあるかはわからないけれど、ゴールはまだ先だろう。これからは、ゴールまで泳ぎ続けるのだった。
「これ以上は...体操服が濡れちゃいそうだね」
「そうだね。じゃあ、脱ぐか」
「───なんか、恥ずかしいね」
「そうだね」
下は水着だと言うのに、少し羞恥心がある。
「何を恥ずかしがってるの、バカップルども。どうせ夜は水入らずで服いらずな癖に」
「俺は童貞だ!」
まさか、女友達の前で童貞であることを誇らしげに話す日が来るとは思わなかったけれど、ここは俺が弁明しなければ行けなかっただろう。
智恵は、過去に壮絶な人生を歩んでおり元彼から大量の性暴力の被害を受けていた。だから、智恵の前でこういう話を避けるべきだった。
「へぇ...随分と栄もチキンなのね」
「うるせぇ、歌穂。お前は喋るな」
「はいはい、わかったわよ」
チキンだのどうなの言われて、色々と思う部分はあるし否定したいけれども、ここで智恵のことを傷つけたくはなかったので俺がチキンだという事で話を終わらせた。
「俺の話はいいから、早く行くぞ」
俺はそう言うと、体操服を脱いで競泳水着1枚になる。
「───」
「智恵、どうした」
「あ、いや...いや、なんでもない」
智恵の顔が、真っ赤になっている。緊張しているのだろうか。
「随分と鍛えてるじゃない」
「別に、そこまでじゃないよ」
赤くなってしまった智恵の代わりに、歌穂がそう反応してくる。
それなりに筋肉はついているが、そこまで着替えているわけじゃない。
そう言うと、歌穂も体操服を脱いで白いビキニを顕にする。
「女子はビキニなのか?」
「アタシはこれが置いてあったからこれを着てるだけよ」
歌穂は痩せ型体型だけど、胸はそれなりにあるようだった。彼女の白髮と、水着の白がよく合ってる。
───と、マジマジと見ているから智恵に怒られてしまいそうだから俺は、歌穂を視界から外す。
「智恵も早く脱ぎなさい」
「わ...わかった」
智恵はそう言うと、体操服を脱ぐ。
「でっ....」
智恵が着ているのは女性の競泳水着。智恵の豊かな双丘が、これでもかと強調された競泳水着が、そこにあったのだった。