6月9日 その⑨
「おい、栄!お前!止まれよ!」
裕翔が先程まで乗っていた自転車を奪って、俺はその場を後にして康太と智恵の2人を追い始めた。
きっと、康太は喧嘩というものをよく思っていないから、俺の逃亡という作戦にケチを付けたりはしないだろう。
康太は、友達だろうと悪いことは悪いとキチンと伝えられるような性格だ。彼の真っ直ぐの正義感に則っても、文句は言われないはずだった。
俺は全力ダッシュで───と言っても、これまで20km以上の距離を走ってきている裕翔は、そこまでのスピードは出ていない。とにかく、ダッシュで追いかけてきている裕翔のことを自転車で楽々距離を取った。
裕翔の、俺に対する罵詈雑言が聴こえてきたものの、それは無視でいいだろう。
逃げるが勝ちという言葉もあるし、逃げたほうが長生きできるからだ。
「全く、かなり邪魔されたな...」
俺がそんなことを口にしながら、全速力で自転車を漕いでいると、康太と智恵に合流した。
「栄!裕翔は大丈夫なの?」
「殺し合う───みたいな流れになったから、裕翔が自転車を降りて距離を取ったのを見計らって奪ってきた」
「盗んだバイクで走り出す...」
「別に、裕翔のだし問題ないだろ」
「───」
康太も何も言わなかったし、黙認されたようだった。基本的に康太は、争いごとを嫌うし、先程のように一方的に吹っ掛けるような喧嘩はあまり納得がいかないのだろう。
結果として、自転車は一人一台になってしまったが、まぁいい。そうなれば、早めに進むことにしよう。
「智恵、スピード上げてもいいか?」
「あ、うん。自転車だから問題ないよ」
智恵はそう口にした。
「康太はどうする?」
「俺は別にこのスピードでいいよ。裕翔のこともあるしさ」
「裕翔と2人乗りでもするのか?」
「嫌だよ、男2人で密着なんて。汗臭いだろ」
別に、裕翔を可哀想だとは思わない。俺だって、裕翔と2人乗りなんかしたくない。
智恵だからいいのだ。智恵の汗は臭くない。智恵の汗は智恵の優しい匂いがする。
「───んじゃ、俺達は行こっか」
「うん」
俺と智恵は、康太に別れを告げてそのままスピードを上げる。
───そして、サイクリングを始めてから約1時間と30分ほどが経過した。
途中、スピードを緩めるなどして休憩を取りながら進んだりした。それと、スタートから40km地点には、仮設トイレが大量に設置されていたので、俺達はそこでトイレ休憩を挟んだ。
自転車ではあるものの、まるでバイクで高速道路にでも乗っている感覚になりながら、ゴールの方へ進んでいった。
───ちなみに、これは後から知ったのだけれども、20km地点のパルクールゾーンの入口にもトイレはあったようだった。
別に、尿意を我慢していたわけではないので全くどうでもいい情報だったのだけれど。
と、そんなこんなで無限に続くとも思われる自転車ルートを漕ぎ進めていた俺達は、道の途中で歌穂と合流したのだった。
「おぉ、歌穂」
「あ、栄に智恵じゃん」
「歌穂もこんな速く進んでたんだね」
「別に、速くはないわよ」
歌穂は、その白髪を風にたなびかせながら、そう答えた。
「歌穂は他の人を見なかった?」
「アタシは...そうだなぁ。猛スピードで美玲がアタシのことを追い抜いていってたよ」
「美玲か...」
「私達も、サイクリングゾーンに入る前にあったよね」
「そうだな。歌穂も超えてたのか...通りで見ないわけだ」
美玲は、ボルダリングゾーンを乗り越えた時はマスコット大先生の放送によると7位であった。
そこから、パルクールゾーンまででどうしてかは知らないけれど、俺達の順位らへんまで落ちてきていたが、またサイクリングゾーンで力を取り返してグングン抜かしていっていたようだった。
「美玲は負けず嫌いだからね。順位は関係なくても、1番を目指したいんじゃない?」
「1番か...」
俺のクラスにいる最強2人には、どう考えても勝て無さそうだが美玲は努力をやめないようだった。
彼女の勇猛果敢さには、これまでに何度か助けられているし、彼女だって努力しているのだから文句をいう筋合いは無いだろう。
「それで、栄と智恵は2人でラブラブデートでとかしら?」
「別に、デートって訳じゃないよ」
2人乗りをしたりしたから、多分デートで間違いないのだが、とりあえず否定しておく。
「これは一応試験だし、大切なものだからね。な、智恵」
「うん、栄には無理言って私のペースメーカーになってもらってるの」
一応、本来の目的としては智恵のペースメーカーとして俺がいるのだった。試験で、いい結果を出さなければ、智恵は明日の筆記試験で悪い点を取って、最下位になってしまう可能性もあったのだ。
「2人で一緒にいたなら、それはもうデートじゃない」
「そうなのかなぁ...」
歌穂は、俺達のしていた行為をデートだと言う。
だが、デートでもよかったのかもしれない。このデスゲーム会場から抜け出せることはできないし、学校の中でデートなんかできはしない。だから、こうした試験の一環でもデートだと呼称してもいいような気がしてきた。
そうなると、パルクールゾーンは都市観光でボルダリングゾーンはボルダリングデート、サイクリングはサイクリングデートだ。
そんなことを思いながら、歌穂を交えて更に30分ほど。合計で、2時間ほど自転車を漕いで到着したのは、『ファイブアスロン』最後のゾーン───スイミングゾーンであった。
その巨大な湖と、地面の境界線の近くにいたのは一人の少年───そう、拓人であった。
次回、挿絵のない水着回!
妄想と股間を膨らませてください。