6月9日 その⑦
「これは...」
パルクールゾーンの中で、最高峰の高さを誇るビルの上にあったのは、第3ステージパルクールゾーンと、第4ステージサイクリングゾーンを繋ぐ場所だった。
「パルクールを行わなかったらここに辿り着けなかったのね...」
「でも、エレベーターがあるから建物で七曲りした道を通っても来れたんじゃない?」
ここは、エレベーターが急に墜落したりトロッコがロケットのように空を穿って移動する不思議な世界であるため、エレベーターでここまで来れる───だなんて、常識で正解をもらえるかはわからない。
「んで...どうする?この自転車は」
用意されていたのは、全て同じ種類の自転車であった。これに乗って、サイクリングを行うのだろう。
───が、問題はこの高さであった。
60mを超えそうなビルの上から、自転車を漕ぎ出すのは相当危険である。一度自転車をエレベーターに乗せて1階まで降りるのもありかもしれない。
そんなことを思いながら、下層を覗くと───
「嘘だろ、ビルの上から以外は行けないように壁ができてやがる...」
コンクリートでできた、人間には到底破れないような壁が、そこには存在していた。どうやら、ここから飛び降りて壁を超える───以外の選択肢は無さそうだった。
「───智恵、どうする?」
「ここ...落ちたら流石に死んじゃいそうだよね」
「そうだね...」
───と、その時ビルの壁を登ってやって来たのは一人の少女───そう、竹原美玲であった。
「あ、智恵に栄。もうこんなところにいたのね?」
「美玲」
「え、もしかしてここまで登ってきたの?」
「え、智恵達はそうじゃないの?」
「私達はトロッコだけど...」
「トロッコ?」
「まぁ、いいや。美玲。ここについてどう思う?」
「どう思うって...こんな高さに駐輪場があるのは普通におかしいでしょうね」
「よかった、俺達の感覚はマトモだった...」
「んで、どうしてここでゆっくりしてるのかしら?」
「え、ゆっくりって───」
「これはテストよ、速く進んだ方がいいじゃない」
「───進む?」
ここは、地面から60m以上の高さにあるビルの上だ。そこから自転車に乗って降りると死ぬのは免れないだろう。
だと言うのに、美玲はそこに止められている自転車の一つに乗って───
「先頭の皇斗や愛香は先に進んでるのよ!ワタシだって、負けてられない!」
そう口にして、美玲はそのままゴールのある方向へ漕ぎ進み、そのまま落下していく。すると───
”バサッ”
空中で開くのは、巨大なパラシュートであった。
「パラシュート...ついてたのかよ」
俺達の目の前に大量に止まっているのは、至って普通の自転車だったが、その中にはパラシュートが内蔵されているようだった。
「───なんか、騙されちゃったね」
「そうだね。マスコット大先生、色々と性格悪いな...」
俺はそう口にする。
「───と、智恵。2人乗りにしよう」
「2人乗り?」
「あぁ、今回の試験は協力することを禁止されていない。だから、二人乗りで移動したほうが速い」
「そうだけど...大変じゃない?」
「大丈夫、俺がしっかり漕ぐから。智恵は後ろに座ってるだけでいいよ」
「栄がそう言うなら...」
そんなこんなで、俺と智恵は2人乗りをすることになった。
俺が自転車のサドルに座り、その後ろに智恵が乗る。
「───」
俺の背中に当たるのは、智恵のその豊満な胸だった。柔らかいその感覚が、俺の背中を伝って肌にやって来る。
「最初は飛び降りるんだ。もっとしっかりくっつかないで大丈夫か?」
「あ、そうだね」
そう言うと、智恵は俺のお腹に手を回してギュッと更に俺のことを抱きしめて密着する。
───智恵の汗の匂いがする。臭くないし、少し好きな匂いだった。
俺は、唾をゴクリと飲み込むとその自転車を漕ぎ始めた。
「じゃあ...行くぞ」
「うん」
そして、俺と知恵を乗せた自転車は地上から60m以上もの高さから落下する。もちろん、俺は漕いで進んでいたから完全に重力に従ったフリーフォールではない。
前に進みつつ、落下しているような感覚だった。
「すご...高...」
智恵は、俺のことをギュッと強く抱きしめて落ちないようにする。俺も、しっかりと自転車のハンドルを掴んでいた。
───と、長い時間を空中で過ごしたと感じた時に、俺達の後ろからパラシュートが開く音がした。
そして、俺達を運ぶ自転車はゆっくりと地面へ着地してそのままパラシュートが千切れて風に飛ばされて行く。
「この風に従って飛んでいっていたから前の人のパラシュートは残っていなかったのか...」
俺は、そう口にした。流石に、パラシュートのをノーヒントで見つけるのは不可能だっただろう。
美玲の臆せずに飛び込んでいける胆力には純粋に尊敬してしまうだろう。
「───と、こっからは直線みたいだな」
俺より1分ほど先に進み始めた美玲は、遠くにその姿が見えていた。
俺は、智恵を背中に感じながら何も無い荒野の道を自転車で漕ぎ進み始めるのであった。