6月9日 その⑤
俺達の目の前に見えるのは、東京を思わせるようなビル群。
まぁ、東京を思わせる───などと言っているが、俺は東京には行ったことがない。
俺は生まれも育ちも愛知だったし、浩一おじさんと行く旅行は関西の方向が多かった。それに、修学旅行は東京じゃなかったので、一度も行けていないのだった。
だがまあ、日本人ではあるしテレビなどで東京の街並みくらいは見たことある。
1km程先にある都会のビル群を目の前にして、俺達はすぐにそれが「パルクール」であることを理解した。
───と、俺達の走る道の右側に一つの看板が出てきた。
そこには「パルクールでビル群を飛び越えれば最短距離となる。道路を走ってもいいが、かなりの遠回りになる」と書かれていた。
「───どうする、智恵?パルクールに挑戦してみるか?」
「うん、頑張ってみる」
智恵はそう口にする。ここまで、ぶっ通しで動いているから智恵だって疲れているだろう。
「───ってか、智恵は別に運動神経が悪い方じゃなくない?」
「そうかな、私の中学校の友達とかは、皆私より運動できたけど...」
「別に、女子の平均的な運動神経だと思うよ?この学校が異常なだけで」
実際、運動神経の悪い女子であれば200mものボルダリングなんかできないし、その後に休憩はあれど20kmを走り切る───ということもできないだろう。
「うーん、栄と一緒にいるから頑張れる...のかも」
智恵は、少し恥ずかしそうにそう言った。俺は、智恵のその発言に嬉しくなって走りながらに抱きしめる。
「ちょ、栄!転んじゃうから!」
「じゃあ、おんぶ」
俺はそう言って、智恵を背負う。
「動いたから汗臭いよ?」
「大丈夫、智恵は臭くないよ」
智恵の体が、俺の背中に密着する。ここまで走ってきて疲れてはいるが、智恵は軽いので背負える。
「───と、その場のノリでおんぶしてみたけど結局パルクールで手が使えないのは危ないんだよな...」
俺達は、その巨大なビル群を500m程前方に迎えて、そう口にする。
───そして、俺達はパルクールの入口を発見したのだった。
50m程の高さのビルの屋上へと登るために、どうやらマスコット大先生はいくつかの道を用意してくれていたようだった。
「じゃあ、智恵。行くぞ」
「うん、わかった」
俺は、智恵をおんぶしたまま、鉄骨を登って近くにあったプレハブ小屋の屋根に登る。そして、そこで智恵を降ろしてから近くにあったアパートのベランダへと飛び移った。
「───と、人が通った道がある...」
俺は、そのアパートの窓が割られていることを見て、誰かが来たことを理解した。
「やっぱり、私達以外もパルクールを使用する人はいるんだね」
「そうみたいだね。俺達より先に行っている人は、パルクールをしなくてもゴールできそうだけれど...」
俺達より先行している人物は、運動神経が怪物のような人物も多い。だから、パルクールという危険を冒す必要もないのだけれど───と、皇斗や愛香にとって、この程度のパルクールは危険にすらならないのか。
走るよりも楽だから───などという理由で、パルクールが選ばれたかもしれない。
そんなことを思いながら、先人が通っていった道を通り、俺達はアパートの中を通り抜けて目の前にあった別のアパートの2階へと飛び乗る。
どうやら、ここらへんは2階・3階の建物が多いようだった。遠くから見えていたのは、ビル群だったけれど、それに登るために10m前後の建物を用意されているようだった。
俺達は、向かいのアパートに飛び移ってから、そのアパートの3階へと上り、元いたアパートの屋根へと飛び移った。
「えぇと...こっちまで来たから...」
俺は、少し辺りを見渡して移動できそうな高所を探す。そして、電柱を見つけたのでそれへ飛び乗ってそこに付けられた足場ボルトを登って、飛び乗ったほう───2個目の方のアパートの天井へ移動した。
「栄、すごい速いね」
「そうだね。本来の街ではできない動きだから、ちょっと楽しいかも」
「楽しいのはわかる。いつもはしちゃいけないことをするのって、すごく楽しいよね」
智恵はそう言って、笑みを見せてくれる。俺達が今いるアパートの屋根から、高層ビル群までは約200m程。
俺達のいるところからビル群の間には、様々な障害物があったので、本当にビルの上に登らせるつもりなのだろう。
「───よし」
俺は、アパートの屋根から隣の家の屋根へと飛び乗って、少し遠くにあるマンションを目指す。マンションの中にさえ入ってしまえば、後は最上階まで上がることができる。
そして、俺はまるで忍者のように家の屋根の上を移動しながら、マンションのベランダへと移動した。
───が、そのベランダの窓は閉められている。
”ドンッ”
”ドンッ”
「───あれ...開かない」
いくら、窓にタックルしても窓は開かないのだった。
ベランダにあるのは、キャンプの時に使うような折りたたみの小さな椅子だけで、他の部屋への道は防火扉で遮られている。
「ここはハズレの道だったか?」
俺は、そう小さく呟く。このマンションは囮だったのだろうか。
───いや、違う。
「こっちか!」
俺が導き出した答えは───。