6月9日 その④
「───ん、栄。どうしたの?」
智恵が、俺にそう問う。急に歩みを止めたから、智恵もびっくりしたのだろう。
「智恵、2人で協力しよう」
「何の話?」
「───最後の3mは、崖にホールドがない。だから、完全に己の力だけで自然と戦わなければならない」
俺は、智恵にそう伝えた。
「ホールド、ないの?」
「うん。だからまずは、俺が登ってその後に智恵を引き上げる。いいよな?」
「おっけー」
まずは、俺からだ。ここで失敗すれば、智恵も引き返すしかなくなる。俺は、ホールドの無い崖にしがみついて、一番高いところにある極小のホールドの上に登った。それでも、まだ崖は続いている。
俺は、崖の側面にキスをしているような状態になりつつ、登れないか思案していたのだった。
俺は、とりあえず両腕を上に伸ばしてみるけれどそれでもギリギリ崖の縁に手は届かない。
「ジャンプ...か?」
ここで諦めるわけには行かない俺は───というか、ホールドの上に乗ってしまっている以上、戻ることができない俺は、ジャンプをするしか方法が無くなる。
───失敗したら、落下。
高さ200m程のところから落下したら、皇斗だって死亡してしまうかもしれない。俺ならば、奇跡が起こっても死亡してしまいそうだ。
「───大丈夫、行ける...行ける...」
俺は、そう小さく口にする。手を伸ばしているから、距離としては後数十cmだ。ジャンプすればちゃんと届く距離だ。
───が、失敗したら落下して死亡するかもしれないとなると、足が動かない。
よく、先行している人たちは先に進んだ者だ。こんな高いところでジャンプするなんて、怖いもの知らずにも程がある。
───いや、皆自分自身に自信があったのだろう。失敗しない自信があったから、ジャンプすることができた。
「じゃあ、俺も...」
「頑張れ」
俺は、智恵に応援される。その応援は、俺に勇気を与えてくれた。そして───
俺は、ジャンプする。そして、親指以外の4本の指でしっかりと崖の上側を捉えた。
「ふんぬぬぬぬ...」
俺は、そう口にして手に全ての体重をかける。そして、そのまま自分の体を崖の上に持ち上げた。
「これで、成功だな...」
俺は、そう口にする。一先ず、俺は登り終えた。残りは、智恵だけだ。
「智恵、ホールドの上に立ち上がって。俺の手をしっかりと掴んでくれ」
俺はそう口にすると、智恵のいる崖の下へと手を伸ばした。
「ん、ちょっと待ってね」
一瞬、俺は智恵がホールドに立てずに落下してしまう───という未来が頭に過ってしまったが、智恵はダンスを習っていたこともありバランス感覚に秀でていたために落下すること無く楽々俺の手を掴んできた。
「ごめん、重いかも」
「そんなことないよ」
俺は、智恵の言葉にすぐ返答して智恵を両手で引き上げる。
両手で引き上げたのは、智恵が重いからではない。俺のミスで智恵が落ちてほしくなかったからだ。
───と、そんなこんなで俺と智恵は『ファイブアスロン』の第一ステージであるボルダリングを突破し、第二ステージへと突入したのだった。
『ファイブアスロン』第二ステージ───長距離走。
残り時間:5時間2分14秒
第二ステージの長距離走。200mを超える崖を登った俺達の目の前に広がっているのは一本道だった。
砂漠のような鮮やかな橙色をした砂が一面に広がっている中、横幅7m程位の色の薄い黄色の道があった。
「これは、直線した方が良さそうだな...」
砂の上を走るのは嫌だったし、ゴールがどこにあるのかもわからない以上、道筋に沿って救うのが最善策だと俺は考えたのだ。
ここからは、20kmも続くランニングの時間だ。この試験の総時間が6時間はあるとはいえ、休んでいる暇はない。
「よし、行こう!智恵!」
「うん!」
俺達2人は、20kmもの長距離走の最初の1歩を踏む。
───そして、語ることのない長距離走が開始したのだった。
周りの風景が変わらないので、本当にただ走るだけなのだ。俺は、智恵に並走して共に走っている。
この長距離走だけで100点分稼げるんだな───などと思いながら、俺と智恵は無言で走る。
途中途中で、売店のマスターが給水所と走った距離を示す役割をして立っていたので、俺達は5kmの地点で休憩した。
「めっさ走って大変そうやな。ほら、水飲んで休んでいくんやで」
そう言って、俺達はマスターに水をもらう。
「ここまで、どのくらいの人が通っていきましたか?」
「そうやなぁ...ちゃんと数えてはおらんけど、もう全体の半分以上は通り過ぎたんやないか?」
マスターは、そう口にしていた。随分、皆速いようだった。
俺達は、少し休憩をした後、すぐに再出発した。無理に1位になる必要はないのだけれど、それでも時間は有限だし、智恵の成績のためにもここで満点を取っておきたかった。
「智恵って泳げるんだっけ?」
「うん、クロールをちょっとだけ」
「そっか」
俺も、学校の授業でクロールを習得したくらいだった。
俺は、両親ではなく浩一おじさんに育てられたが為に、習い事などは行っていないのだった。
───と、度々休憩を挟んで1時間と15分ほどが経ったその時、遠くに見えてきたのは巨大な人口建造物なのであった。
『ファイブアスロン』第三ステージ───パルクール。
残り時間:3時間39分9秒
マスターは関東人(再掲)