6月9日 その②
俺達27名の前にそびえ立つのは、巨大な崖だった。
俺達は、その崖の下に転移して登ることを強制させられる。
───マスコット大先生は、ここには姿を見せていなかった。
きっと、四次元で俺達のことをしげしげと見ているのだろう。
「さぁ、始まりました!第一回試験運動分野『ファイブアスロン』!それの第一ステージであるボルダリングです!」
マスコット大先生は、姿を見せずにどこか───四次元からノリノリでそう実況していた。
「───こんな壁、妾を止める障害にはならない!」
そう口にして、愛香はマスコット大先生の言葉を聞き流して崖に付けられたボルダリングのホールドを使ってドンドン登っていく。
それに続いて、皇斗も登り始めていた。
「これ...登るの?」
「そうみたいだね。智恵、できそう?」
「できるできないじゃなくて、頑張らないと」
「じゃあ、俺が先行するから俺と同じ動きを智恵はしてくれ。
「うん、わかった」
俺は、ホールドに手を取る。そして、俺はドンドン登っていった。俺以外にも、鈴華や康太などのメンツも次々に登り始めていた。
「智恵、大丈夫そう口にして?」
「うん、人と戦う───とかはできないけど、私だって一応ダンスを習ってたし」
智恵はそう口にする。智恵は、運動神経が悪いわけではない。普通の学校であれば、動ける方の女子だろう。
この学校がおかしいのだ。愛香といい鈴華といい、人知を超えるパワーを持っている女子が多すぎる。
───と、強い女子と言えば沙紀の姿は見えなかった。
正確には、沙紀と茉裕の2人だ。誘拐されたということになっているが、もう生徒会メンバーとバレた以上誘拐されたではなく隠れていると言ったほうがいいだろう2人は試験を受けに来ていなかった。
休んだ場合、「追試が受けられる」のか「テスト未参加」ということになるのか「試験は受けたことになっているが全て0点判定」ということになるのか。
筆記試験ならば追試が受けられる可能性は十分にある。だけど、マスコット大先生が「追試」というものを実施することはわからない。
そして、「テスト未参加」というのは、死ぬ可能性がある以上、不参加になってしまえばそれは免れるので有り得ないだろう。
となると、「試験は受けたことになっているが全て0点判定」というのが最も可能性が高いだろうか。
橋本遥が第5ゲームに不参加だった際に、彼女の命が勝手に賭けられていたことを考えても、0点判定が一番可能性が大きい。
「───と、皆さん!1点を手に入れるには200m直進する必要があります!ですので、この崖を登り終えても200m進まなければ0点判定ですので、忘れないでくださいね!」
マスコット大先生は、四次元からそう忠告する。俺達は、既に10m程登ってきていたけれどそう言われてしまうとは。
「ボルダリングステージを全部クリアしても0点なのかよ...」
俺は、そう口にする。マスコット大先生も随分と性格が悪い。
0点のままなのに、完全に壁を登らせるという嫌がらせをしている。だが、この性格の悪さがマスコット大先生らしい。
自分で言うのもなんだが、俺は自分自身のことをマスコット大先生のように心が汚れているとは思えない。
どちらかと言えば、かなり性格はいい方だと自認している。
「───智恵、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。特に罠があるわけでもないし、たくさんホールドがあるから進みやすいよ」
「ならよかった」
俺達が登っているのは、200mを超える崖だ。だから、まだ1割くらいしか登ってこれていない。
だが、もしこの高さから落下すれば普通に死んでしまうだろう。
これは、デスゲームだ。俺達は命綱を付けられることもなく、ボルダリングをしているのだった。
「───と、真っ先に第一ステージのボルダリングゾーンを突破したのは森宮皇斗君───いや、森宮皇斗選手と森愛香選手の2人!お互いに、抜きつ抜かれつの熱い戦いを繰り広げています!ここから、20kmの長距離ゾーンですが、一体どこまで走ることができるのでしょうか!
「え、これ登ったら20kmも走るの?!」
智恵がそう驚いたような声を出す。俺だって、20kgも走るとは思わなかった。まさか、66.6kmの内の1/3がマラソンになるとは。
───とまぁ、俺達はこの崖を登らなければ話にならない。
5分程かけて、俺達は75m程登ったが、まだまだ沙紀は長そうだった。
「智恵、大丈夫?」
俺は、俺の後に次いで上っている智恵に定期的にそう声をかけていた。
「うん、大丈夫。少しホールドが少なくなってるような気がするけどね」
「そうだね、ホールドの密度が最初よりも薄くなってる」
マスコット大先生は、こうやって終わるにつれて難易度を上げているようだった。これもまた、一つの嫌がらせだろう。
───と、マスコット大先生の仕込んだ嫌がらせを体感していると、第5回デスゲームメンバーの中で一番嫌がらせが得意そうな人物が俺を煽りにやってきた。
「あれ、栄きゅんに智恵ちゃんだピョン?カップル2人で随分と楽しそうだピョンね。僕も混ぜてほしいピョン」
「───蒼。時間は有限だぞ?俺達にかまってないで急いだ方がいいんじゃないか?」
「僕は人を煽るためなら死んでもいいと思ってるピョン」
「───潔いな、お前。いい性格してるよ」
「えへへへ〜、栄きゅんに褒められちゃったピョン」
「褒めてない!」
「智恵ちゃん、栄きゅんに愛されてご・め・ん・ね♡寝取っちゃっても赦してピョン」
「寝取───」
”ガタッ”
「智恵ッ!」
蒼の言葉に反応して、智恵がホールドの掴む手が滑ってしまう。そして、智恵は高さ80m程のところから落下しそうになる。俺は、ホールドを掴む右手を離し智恵の手を掴もうとするも、智恵の腕は掴めなかった。