閑話 山内祐樹の過去
これは山内祐樹の身に起こった悲劇の物語。
***
山内祐樹───俺は演劇部だった。
そして、俺は好きな人がいる───その人の名は、荻野奈々である。
別に、恋愛的に進展している───というものどころか、既に演劇部として2年程一緒にいるので「恋人」というか最早「家族」に近いような関係だった。
男女の友情が成り立つか───という疑問には、友情に男女を気にしているところが間違いだと答える俺は、演劇部メンバーに対して「真の友情」というものを持っているつもりだったし、実際に持っていた。
『君のくだらない過去になんか長々と聴きたくありません。君の余命は約2000文字だけなんですから、悲劇だけを語ってください』
───。
これは、演劇部の秋大会当日。
この大会で最優秀賞を取れれば、俺達は県大会にあがれる───と言う日にその事故は起こった。
「誰か照明のセッティング手伝って!」
「ミキサー、確認して!」
舞台が始まる前に、その日の最初に上演する高校が舞台の準備を行う。役者の俺は、照明の準備を手伝っていた。
「じゃあ、サス下げまーす!」
「「はーい」」
俺はサス───演劇ステージの天井にセットされている吊り下げ式の照明であるサスペンションライトが約10個ほど付けられているハンガーラックに繋がっているロープを引き上げて、そのハンガーラックを下げる。
そして、作業しやすい位置までハンガーラックを移動して、そのまま照明の位置を調整する。
俺も、その照明の位置を調整する作業を行い、再度サスを元いた高さまで───ステージの外にある観客席からは見えないほどの高さにまで戻したのだった。
───そして、時間は1時間程進み、俺達の劇は始まっていた。
場は、17場。物語が佳境に進んでいき、クライマックスまで来ていたシーンだった。
そのシーンでは、主人公であるマリアナを演じる荻野奈々と、その友達であり若干ヤンキーのようなキャラを演じる俺の2人だけだった。
「おい、マリアナ。お前...正気かよ。本当に、クラウドのところに行くのかよ!」
「しょうがないじゃない、行けるのは私だけ!私だけなのよ!」
「お前が...お前が行って何になるんだよ!死にに行くだけ、死にに行くだけだ!お前一人じゃクラウドは助けられない!」
「じゃあ、じゃあクラウドを見捨てろって言うの!」
「仕方ねぇだろ、クラウドはもう助からねぇ!俺だって行けるもんなら救いに行きてぇよ!だけど...もう無理だ!俺はベールに目を付けられてっし、ベルニウスは怪我してんだ!せめてベールをどうにかしちまえば俺は動けっが、それじゃ時間が足りない!」
「だから、私だけで行くのよ...私は友達を見捨てられない!約束する、生きて帰るから...私を生かせて」
「───生きて帰るんだぞ?」
「大丈夫、生きて帰るから。約束だから!」
俺は、マリアナのそのセリフを聴いてその場から捌けて下手に移動する───その時だった。
”ドンッ”
そんな、鈍い音が───音響ではない、鈍い生音が舞台の上で響く。
これまでの練習でもリハーサルでも聴いたことがなかった、その大きな衝突音のようなものを聴いて、俺は思わず振り向く。
「───嘘」
───俺の目に映ったのは、落下してきたサスのライトとそれにぶつかって血を頭から流して倒れていたマリアナの───いや、荻野奈々の姿だった。
「おい、おい!」
俺は、無我夢中で奈々の方へ駆け出した。近くでは、ライトが割れてガラスの破片が散らばっていたが、俺にとってはそんなの気にならなかった。
観客席の最奥で見ていた顧問が駆けつけて来る。
───その後は覚えていなかったけれど、その事故のせいでその年の秋大は中止となり、俺達の地区は県大会に出る学校は無くなったのだった。
そして、その事故により荻野奈々は死亡した。
頭上に、重さ5kg程のライトが落下したのだ。死亡してもおかしくはない。
───このライトは完全な事故だ。
だけど、そこのライトを止めたのは俺だった───かどうかは覚えていない。だけど、俺のような気がした。
俺のような気がしてしまった。
「違う...俺じゃない、俺じゃない!」
照明落下事故。
全員の前で起こったその事故は、その場にいた全員の脳裏に焼き付いた。劇を見ていた全員に焼き付いた。
だからこそ、俺は逃げることができなかった。
───それでも、逃げようとするために俺は別の人格「山本慶太」というものを作り出した。
山本慶太という人格を作り、誕生からその性格までを自分で決めて演じてきたのだった。
両親は、そのことを精神病院の話で理解してくれたようで俺を知り合いのいない沖縄にまで引っ越させてまでくれた。
───これが、山内祐樹の悲劇の話である。
『ありがとうございます、山本慶太君───いや、山内祐樹君。私にその話を聴かせてくれて』
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「ありがとうございます、山本慶太君───いや、山内祐樹君。私にその話を聴かせてくれて」
そう口にして笑みを浮かべる───正確には、被り物の口角を上げるのは、マスコット大先生であった。
「これで、満足ですか。マスコット大先生...」
マスコット大先生に操られるようにして、山内祐樹は話し終えた。
「はい、ありがとうございます。予告通り、君の話はおしまいですよ。君がこれ以降登場してくることは無いんです」
「───そうだね、それがいい。俺はもう死んだ人間だ」
「はい、2重の意味で死んだ人間ですね」
その言葉と同時に、山内祐樹は絶命する。
山本慶太としての死ではなく、山内祐樹としての2度目の死を味わったのだった。
難産。