6月6日 その⑰
「───愛香?」
愛香の名前を呼ぶ、歌穂。その声は少し震えていた。
きっと、ビビっているのだろう。実際には演技だったのだけれど、愛香に襲われそうになった時に、彼女は反撃ではなくて逃亡を選んだ。
───歌穂は「人の叫び声が好き」などと言っているけれども、危機に瀕した時は普通の少女と同じくらいなのだ。
「大丈夫だ。妾は操られてなどいない」
「操られるって...」
歌穂は茉裕の体質について理解できていないが、愛香はほんの少しだけ理解し始めていた。
だから、愛香は歌穂に茉裕のその体質───愛香の説明では「共感した人を操る能力」の説明を行う。
「そんなの...非現実的じゃない!」
歌穂は、愛香にそう告げる。
「あぁ、非現実的だ。だが、デスゲームだって非現実的だろう?妾達が今、何らかの異能力に目覚めようと何もおかしいことはない。妾達がおかれている状況は、そんなものだ」
「───そうね」
歌穂は、愛香の意見に同意する。
「帰るぞ」
「───え」
「帰ると行っている。栄は大丈夫だろう」
「───どうして?」
「いい予感がする。栄はきっとこっくりをなんとかしてくれる。今度もまた、信じてくれるか?」
「───うん、どうせアタシがこっくりさんの前に行っても怖くて動けないだろうしさ」
歌穂はそう口にした。
「───って、愛香!この3人はどうするの?」
「放っておけ。どうせ、直に起きる」
「起きるって...えぇ、ちょっとぉ!」
愛香は、慶太の奇襲にやられて失神している拓人・真胡・奏汰の3人を放って寮に帰ってしまう。歌穂は、その姿を見ながら、グラウンドと救護室を3往復して、なんとか3人を運んだのだった。
***
体育館の中で繰り広げられているのは、俺とこっくりさんのタイマンだった。
触手のように自由に動く舌を避けて、俺は愛香から受け継いだ出刃包丁でどうにかこっくりさんに接近できるタイミングを探す。
「まだ、まだ今じゃない...」
こっくりさんの触手のような舌は4本全てが健在だった。だから、俺はその舌を体育館を駆け回りながら避けることしかできない。
目の前にやってくる触手を後方に飛んで出刃包丁をぶつけて傷を付け、俺をなぎ倒そうと横から飛んでくる舌をしゃがんで避ける。そのまま、大きく空中に飛び跳ねて3本目を避けきり、俺のことを掴もうとしてくる4本目の舌を、その場から抜け出すことでどうにか避ける。
───これで、4本全部を避けきった。
だけど、これはRPGのようなターン制のゲームじゃない。だから、こちらが攻撃しなくてもドンドン相手の攻撃は迫ってくる。
「───これじゃ、避けてばっかで終わりがねぇ!」
俺はそう文句を口にするけれど、誰も返事をしない。こっくりさんは暴走しており、最初からマックススピードだ。当たれば数分は立ち上がれないような攻撃の連発となるだろう。
「どうにか、どうにかチャンスを見つけないと...」
愛香は怪我してしまったので、もう戻ってこない。第5回デスゲーム最強の皇斗だって、首を怪我しているから駆けつけてくれるようなことはないだろう。
───というか、ここは四次元だ。
三次元からの助けはあるかもしれないけれど、四次元からの助けは期待できない。三次元の助けも、ありがたいっちゃありがたいけれどこちらからの連携が取れないのは大きい。
しかも、三次元からの助けは危険が大きいのだ。こっくりさんの姿を視認できないし、皇斗程の猛者でなければ、その攻撃を見極めることはできない。
稜も健吾も、こっくりさんの姿を見極めることなどできずに蹂躙されたと話を聞いた。
俺を補助してくれるような、猛者は七不思議其の弐『トイレのこっくりさん』には参加していないだろう。
───そのまま、俺は5分ほど避けるだけの行動を続ける。
こっくりさんは、依然として攻撃する腕を───否、舌を止めずに俺のことを殺そうと舌を動かしてくる。
幸い、その舌は触手のように絡め取るようなタイプではなく、鞭のように叩きつけて殺そうとしてきているタイプだから、避けることができていることだった。
きっと、その舌の形から蛇のように巻き付き、絡め取るような行為は苦手なのだろう。俺も、自分の舌が長くなってもそう言うことをできるような気はしない。
こっくりさんの生態に、心の何処かで感謝しつつ俺は、回避の行動だけを続けた。
「はぁ...はぁ...」
口から、呼吸が漏れる。こっくりさんに攻撃するタイミングが見当たらない。俺は、愛かと違って天才的な戦闘センスがあるわけでもないから、飛んできた舌を使って切り取る───だなんてことはできないのだった。
「───クッソ、どうにかタイミングを見つけないと...」
俺は、そう口にした時。
「───ッ!」
俺の足が滑る。ずっと、こっくりさんの攻撃を避けていた俺は足を滑らせてしまった。
完全な凡ミス。だけど、こっくりさんはその攻撃を見逃しはせずに───
「キャアアアアアアアアアアアアア!!」
「見つけたぜッ!」
「───ッ!」
不意に、こっくりさんの体にある顔の一つが、愛香と戦闘していた時のように叫び声をあげ始め、その中で人の声が聴こえる。そして、こっくりさんの舌が一瞬止まったのだった。
俺は、その時にこっくりさんと距離を取ってその叫び声を上げ始めた存在を見つける。
「───そうだ!」
俺は失念していた。
───七不思議其の弐『トイレのこっくりさん』には、過去に色々な戦闘で、味方としても協力し敵として立ちはだかった人物が参加していたことを。
第5回デスゲーム参加メンバーであり、過去のデスゲームで何度もその強さを見せつけてくれた屈強な人物───安土鈴華の姿が、そこにはあった。