6月6日 その⑭
───こっくりさんの暴走。
俺は、一体目のこっくりさんの戦闘は参加していないどころか、戦いの見物さえしていなかったのでこっくりさんが攻撃を食らったら暴走するかどうかなど知ったこっちゃないけれど、とにかく今言えるのは俺が出刃包丁でこっくりさんのことを突き刺したら、こっくりさんは暴れ始めたのだった。
もし、俺の姿を見て逃亡を選択したのが、理性に則り本能のまま動いているのだと仮定すると、今回の暴走は理性が崩壊し、本能のまま動いている───という感じだった。
本能に任せて逃亡するその動きを「理性に則り」などと呼称していいのかは知らないし、一種の矛盾を孕んでいるようにも聴こえるので、言い方を変えるとなると、俺の姿を見て逃亡しようとしたのが正気が保たれている状態で、暴走を開始したのが正気を保てていない───狂気に陥っている状態と言えるだろう。
俺は唯一の武器である出刃包丁を離さないように、こっくりさんの体から抜き取って暴走するこっくりさんに巻き込まれないように離れた。
こっくりさんは、グルグルとドーム状の背中から無数に生えている腕を回転させて、口の中にある4本の舌をビタンビタンという音を立てながら、体に打ち付けていた。
「刺したら暴れ始めた...クッソ、こんな時はどうすれば...」
どうするもこうするも、討伐するしかないだろう。ここから鳥居に連れて行く───という案もあったけれど、その道中には智恵や鈴華に美玲、稜や健吾など眠っている人物も多くいた。
智恵達は、この体育館を安全地帯であると思っているのだから寝ている間に襲われるのは寝耳に水だろう。
「どうにかして避難させたいけど、四次元からじゃ声は届かない...」
そして、現在三次元に移動した愛香や歌穂は、2体目のこっくりさんがいることを知らない。それに、愛香は大怪我を負っているのだ。動けるような状態じゃないだろう。
「暴走するこっくりさんを止める方法を考えないと...」
正直、俺がこの場にいる時点でこっくりさんが沈静化する可能性など、ほとんどゼロに等しいが、ここから俺が離れると智恵達に危害が加えられる可能性がある。
───と、そんなことを考えているとこっくりさんは俺を排除すると言わんばかりに、舌をブンブンと振り回して、俺の方に飛ばしてきた。
「───うおッ!」
俺は、その攻撃を右に飛び、ステージの上で前転することでどうにか避ける。形としては、跳び前転と言った形になっただろうか。
「油断はできねぇ!」
そのまま、4本もある舌の内の2本が大振りで飛んできたので、俺は長縄のように飛んだ後に、すぐにその場に伏せることに酔って2本を一気に回避する。
俺はその状態からすぐに立ち上がり、こっくりさんに背中を向けないようにしながらステージの上から逃亡する。
「あの狭い空間じゃ、避けれるものも避けれない...」
ステージから降りたものの、後ろには智恵達がスヤスヤと眠っている。どうにかして優しい方法で起こしてあげたい───などと思っていると、体育館に入ってきたのは、1体目のこっくりさんを命辛辛鳥居にまで連れて行ったのに、拓人率いるチームに最後を取られて結果としてコインを手に入れることのできなかった康太・蒼・裕翔の3人だった。
「───いないと思ったらこんなところにいたのか」
「体育館、七不思議が始まってからは初めて来たから気付かなかったピョン」
「そうだね。でも、まだ七不思議は終了しない。ここで俺達も休んでいいかもしれないね」
康太達は、そんな話をしていた。
「───そうだ」
俺は、言いことを思いついた。こっくりさんが、三次元にいる人たちに攻撃ができるということは、俺だって触れることができるはずだった。だから───
「裕翔、覚悟を!」
俺は、4月7日から因縁がある裕翔の頬をぶん殴る。四次元にいる俺のことを視認できていない裕翔は、ノーガードであったために少し後ろによろけて尻もちを付いた。
「痛───」
裕翔が殴られた同時に、康太と蒼の顔は真剣なものになってすぐに後退した。
「この体育館に...いるピョンね?」
「演技じゃねえ!こっくりさんはいる!」
裕翔はそう言うと、そのまま立ち上がってすぐに後ろに走った。
「とりあえず、鳥居にまで連れていけば...」
「違う!先に健吾達を起こせ!ここから避難させろ!」
「───わかった!」
「了解したピョン!」
計画通り。
康太がいてくれたのならば、智恵達を起こしてくれるはずだった。
智恵のことを起こしてもよかったのだけれど、俺の姿が見えないから何者かに触られた───と怖がってしまうだろう。だから、ここは康太達に任せたほうがいい。
「裕翔、文字を取られた感覚はあるか?」
「あ?あぁ...ねぇな!」
「無いなら、とりあえず不用意に死亡しないように口を開くな!」
康太の言葉に、裕翔は頷く。
そう言えば、皇斗が「こっくりさんは一音を奪っていく」などと言っていたような気もする。
だけど、俺にはそんな特殊能力などないので裕翔の単語は奪われてなどいない。
───と、こっくりさんがステージ上で一人で暴れている内に、康太達の力を借りて智恵達を体育館の外に出すことを完了した。
「───さぁ、勝負だ。こっくりさん」
俺はそう口にした。
───いつの間にか、マスコット大先生は体育館の中からいなくなっていた。