6月6日 その⑬
───こっくりさんが、体育館の最奥にあるステージで休んでいる。
きっと、七不思議其の弐『トイレのこっくりさん』が始まって以来、ここにいたこっくりさんはステージの上で一度も動いていなかったのだろう。
もし動いていたのならば、体育館が安全地帯───という風に認識してなかっただろうし、途中で暴れていたならば、ここでスヤスヤと智恵や鈴華は眠っていないだろう。
「池本栄君、ついに2体目のこっくりさんの姿に気が付きましたね」
俺にそうやって声をかけてくるのは───というか、こんな状況に俺に話しかけてくるような空気の読めない人物など、俺はこの世に生まれて17年と半年以上で、この男しか知らない。
───そう、マスコット大先生が俺に話しかけてきていたのだった。
マスコット大先生は、俺の後ろにヌッと姿を現していた。いつの間にか現れた。本当に神出鬼没な人間だ。
「マスコット大先生、邪魔しない約束じゃなかったんですか?」
俺は、話しかけてきたマスコット大先生にムッとして言葉をぶつける。
「あぁ、そうでしたそうでした。邪魔も協力も不必要なんでしたよね。コイツは失敬」
そう言うと、マスコット大先生はキャットウォーク───体育館に設置された梯子を登った先にある、狭い通路の上に移動していった。
「邪魔も協力もしませんので、ここで見せてもらいます。特等席ですね」
「A席だろ」
と、マスコット大先生と親子同士そんな会話を繰り広げた。
「いないものと思ってくれれば幸いです」
マスコット大先生はそう口にした。俺は、言われなくてもそのつもりでいたのでマスコット大先生のその言葉は無視をする。
───智恵を助けるためにも、戦わなければいけないのだ。
そう、智恵の為に───。
「───って、マスコット大先生!ここにこっくりさんがいることをわかっていて智恵を残したんですか?」
「さぁ、どうでしょう。邪魔も協力もしませんし、否定も肯定もしませんよ」
「───絶対わかっていただろ...」
1体目のこっくりさんの戦闘で何らかのトラブルがあっても、俺に体育館でこっくりさんと戦わせる為に智恵を残しておいたのだろう。そして、チート枠である皇斗は外に追い出した───という訳だろう。
「慶太ともグルなのかよ、本当に気持ち悪い...」
俺は、マスコット大先生と───正確には、GMと生徒会に対して暴言を吐く。
───慶太は、茉裕に操られただけであって、実際には生徒会メンバーではないのだが、その事実を知っているのは本当の生徒会メンバーと、同様に操られている沙紀、そして愛香と歌穂の2人以外は知らない。
だから、栄は慶太が生徒会だと信じ込んでいるのであった。
「まぁ、いい...負けるつもりはない!」
そう言って、俺が意気込んだその時だった。
───震。
「───ッ!」
体育館が震える。ステージの上にいるこっくりさんが震える。俺の足が、震える。
「───えげつ、ねぇ...」
目を覚ましたのであろうこっくりさんの威圧感は、あまりにも大きいものだった。その威圧感は、恐怖と変貌し、俺の体の中を駆け巡る。
───が、2度は屈しない。
「俺は逃げない!七不思議に巻き込まれた智恵がいるんだ...俺は逃げない!」
目の前にいるこっくりさんに、俺はそう吠えた。
こっくりさんは、こちらにいる俺の姿に気付くと───
”ドンッ”
”ドンッ”
”ドンッ”
こっくりさんは、俺に背中を───テントウムシのようなドーム状の体をしているので、正確には尻を向けて体育館の壁に体当たりをする。壁を突き破って、俺から逃げるようにして、体育館の壁へと体当たりをしていた。
「───おい、外に逃がすのはマズいッ!」
先程と同様に、こっくりさんは俺から逃げようとする。その原理はわからなかった。
というか、愛香とは戦闘したのにも関わらず、俺から逃げようとする理由がわからなかった。
少なくとも俺より、愛香の方が強いはずだった。
もし、俺から逃げるのが生物的な生存本能だとするのであれば、愛香を見たときだって逃げるはずだった。
「なんで...」
俺は、そのこっくりさんの行動にイマイチピンとこずとも、外に逃がしてはマズいのでこっくりさんのいるステージの方へ駆け寄る。
「あ、ちなみにここは四次元ですしこっくりさんには体育館の壁は破壊できないようにしておりますよ」
マスコット大先生が、誰かに聴かせるために───少なくとも、俺と俺以外の誰かに聴かせるためにそう口にしていた。
こっくりさんが、壁を破壊できないことを知っているのかどうかは知らないけれど、こっくりさんが何らかの理由で壁に体当たりしているのは事実であった。
「やめろ、こっくりさん!」
俺が、舞台下から一っ飛びでステージの上まで上がり、ガンガンと頭を打ちつけて逃げようとしているこっくりさんにまで近付いた。
そして、俺は目の前にいる怪物に愛香から引き継いだ出刃包丁を突き刺すのだった。
───その直後、俺と邂逅したことにより、狂気に陥ったこっくりさんは理性を伴わない暴走を開始した。
【小話】
『トイレのこっくりさん』のモチーフはTRPG