6月6日 その⑧
「妾のことを無視するでない。こっくりよ」
こっくりさんの体に無数に付いている顔の一つを急いで回収した出刃包丁で斬り裂くのは愛香であった。
その顔は、トマトが潰れたように破裂した中からおぞましい色の体液を噴出する。
その体液に体を溶かす───などと言った効果は無いけれど言葉では言い表せないような不快な匂いが発せられていた。
人間の言葉で表せないその能力は、地球の外から来たような───正しく宇宙生物のような、神話生物のような感覚がした。
「全く、このこっくりと言うものは何物なのだ...」
そんなことを口にして、愛香は2度か3度こっくりさんについている顔を切り落とす。切り落とされた顔は、地面にボトリと落ちて、斬り落ちたことで見えた肉は混沌イメージカラーのような色をしていた。
こうして、何度も斬ったことにより痺れを切らしたこっくりさんが再度愛香の方を向く。既に、栄がいる階段からは10mほどは離れていた。
「栄、ゆっくりしてないで妾の方へ来い!置いてけぼりにするぞ!」
愛香は、栄と歌穂に大声でそう声をかける。でも、こっくりさんが鼓膜を破るような声を常時出しているから届いているかは怪しい。
「───あれ、こっくりさんが動きを止めたピョン」
「クソ、なんだよ...面倒だな」
三次元にいる蒼と裕翔は、そんなことを話していた。
「ふん、面倒な野郎共が」
愛香は、そんなことを口にする。
だけど、ここで無理に戦う必要は無いことも愛香は理解する。
智恵から受けた説明だと、体育館の入口にある鳥居にまでこっくりさんを連れていけばそれで試合が終了するあからだ。
ゲームをクリアすれば、栄の目的である智恵の解放も完了できるしここは康太達5人に付き添うようにしてしまえば問題ないだろう。
「康太達の手柄のようになるのは些か不愉快だが...」
愛香だって、頭が固い訳では無い。だから、最善の策であるならばそれに従うことを良しとしたのだった。
「───と、皇斗は妾達にこっくりさんの討伐をお願いしていたのだがなんの意味があるのだろうか...」
愛香は、そう考える。
皇斗は{お前達には四次元に行ってこっくりさんの討伐を頼みたい}と言ってきたのだった。
無論、途中で参加するしないの論争はあったのだけれど、最終的には───というか、結果的にはこれに従うこととなっていたのだけれど、どうして「討伐」と言ったのだろうか。
もし、ここで放置していても康太達であればデスゲームを乗り越えることができたはずだった。
それだというのに、わざわざ「討伐」を愛香達にお願いしたのだろうか。
「───あの天才はどこまで考えているのだ...」
皇斗の話を考えると、「慶太が生徒会」であることを含めて動いているのだろう。
だけど、それとこっくりさんの「討伐」は線として繋がらないような気がする。
「だがまぁ、このまま鳥居まで連れて行くことを手伝うのでいいか」
そんなことを考えていると、愛香に向かって飛んでくるののは残り2本となっていた舌であった。愛香は、それを軽々と交わして出刃包丁で残りの2本も簡単に切り落としてしまう。
「さて、これでお前の攻撃手段もなくなった。さっさと鳥居まで行ってくれ。妾も暇では無いからな」
愛香はそう口にするけれども、こっくりさんは行動をやめない。
───そう、その巨体で愛香に突進してきたのだ。
「おいおい、そっちじゃないぞ!」
康太が、こっくりさんに向かってそんな声をかける。
「ふん、突進か!」
愛香は、一瞬後ろに下がることも考えるけれど、こっくりさんは廊下の最奥の壁にぶつかるまで止まらないだろう。
───ならば、左右どちらかに避けてやり過ごすのが最適解だろう。
そう思って、愛香は右側に飛ぶ。すると───
”ガシッ”
「───んなっ!」
愛香の体を掴むのは、背中から生えていた人間のような腕だった。それに、ガシリと掴まれてしまったのだった。
「───妾に触れるなッ!」
愛香が、抵抗しようとするけれどもギチギチと拘束されているので何も行動ができない。
「これで...」
愛香が、自分の手の中にある出刃包丁で自分を掴んでいる腕に傷を付けようとする。が───。
「んなッ!」
器用。
その怪物は、器用だった。
愛香を掴んだ後に、また別の手で愛香の持っている出刃包丁を掴み取ってそれを投げ捨てた。愛香は、依然掴まれたままなのに武器だけが没収されたのだ。
こっくりさんも馬鹿ではなかった。自分の舌を全て奪った凶器を、奪い取っていったのだった。
「クソッ、抵抗できないッ!栄!」
愛香がそう口にする。そして、こっくりさんは愛香のことを口に含み───
「ぐぁ、ぐぁぁぁぁ!」
愛香の体を噛み砕く。
───その時だった。
「やめ...やめろ!」
こっくりさんが投げ捨てた出刃包丁を拾い、自分も食べられることを覚悟で愛香を助けに行ったのはこの物語の主人公である少年───池本栄であった。
───その池本栄を見たこっくりさんは、ブルリと体を震わせて。
そして、口から愛香を吐き出した後に康太達のいる方向へ逃亡していったのだった。