6月6日 その⑦
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
四次元に響き続ける何者かの叫び声。その叫び声が、まるで聴こえていないかのように振る舞う───いや、実際に聴こえていない三次元にいる康太と蒼・裕翔・拓人・真胡の5人はこっくりさんへと近付いた。
「叫んでいるのは...こっくりさん?」
そう口にするのは、階段の方へ後退してずっと愛香の戦いを傍観していた───否、愛香とこっくりさんの戦いが終わるのを今か今かと待ち望んでいた歌穂であった。
歌穂は、康太達が来ているのを知らないし、愛香がこんな叫び声をあげない性格であることを知っているので、消去法でこっくりさんが叫んでいる───と考えたのだった。
耳をつんざき鼓膜を破壊してしまうような叫び声をあげているのはこっくりさん。正確に言うと、こっくりさんの背中にある無数の顔の一つであった。
その顔は、その顔だけは叫び声をあげてプルプルと震えているのだった。
───その叫んでいる顔にくっついているのは、10円硬貨。
三次元にある10円硬貨が、四次元にいるこっくりさんに触れて叫ばせている。その叫び声は、四次元には響き渡るものの三次元には聴こえない。
「どうして、10円が...」
立ち上がり康太達の方へ周り込んだ愛香は、どこからともなく乱入してきた康太達と、それが持ってきたであろう10円硬貨に対して疑問を持つ。
───が、その疑問は探究されることなく結論に辿り着く。
そう、愛香が戦っている今もデスゲーム───七不思議其の弐『トイレのこっくりさん』は続いているのだった。
だからこそ、康太達の乱入というのは、愛香が批判できるようなものではない。どちらかと言えば、ゲームに参加している康太達を無視して戦闘しているのが愛香の方なのだから。
「とりあえず、このけたたましい叫び声を止めたいのだが...」
愛香は、不快そうな顔をしつつそんなことを口にする。実際、この声を止めなければ何も進まない───
───などと思っていると、蒼がこっくりさんにちょっかいをかける。蒼が触った10円硬貨は、四次元でも押されてこっくりさんの無数にある顔の一つを圧迫する。
「えいえい、ここにこっくりさんがいるピョン?」
そう言いながら、10円硬貨の上からこっくりさんに触る蒼。
そして、愛香は10円硬貨を介したところなら三次元からでもこっくりさんに触れられる───いや、触れているのは10円硬貨であってこっくりさん自体には触れていないので「触れられる」と表現するのは些かおかしいのだけれど、確かに力を伝わらせることができることを知った。
───そう、10円硬貨を媒介にすれば三次元からでも攻撃を与えることができる。
四次元にいる愛香にとっては、なんの関係もない気付き。三次元の校舎に入れない愛香にとっては、なんの価値もない気付き。
だが、その気付きで愛香はこれまで見たことがないほどに快活に高笑いする。四次元に響くこっくりさんの叫び声に負けない程に大きい高笑いをする。
「マスコット...面白いな。そして、皇斗がそれに気付けなかったのもまた滑稽だ」
愛香は智恵から聴いたデスゲームの説明と、皇斗から聴いたこっくりさんとの接敵を照合する。
智恵からは、デスゲームのルールを。皇斗からは、三次元からじゃこっくりさんをどうもできないということを。
「もし、皇斗がこのことに気付いていたらこっくりさんに勝利していたのだろうか?」
愛香の問いかけの答えは出ない。何故なら、もう皇斗は七不思議其の弐を辞退してしまったから。
もう、こっくりさんと皇斗いうドリームマッチは見ることができない。
「───まぁ、どうでもいい。妾の方が強いからな」
そんなことはない。
「よし、それじゃ体育館の方へ連れて行こうぜ」
「そうだね。でも、どうすれば来るの?」
「さぁ、僕は何も知らないピョン」
「えぇ...」
康太達がそんな話をしていると───。
「キャアアアアア!!!!!」
叫び声をあげながら、こっくりさんは康太達の方へ突進する。
「───ッ!」
愛香は、そのこっくりさんの突進を見て巻き込まれないように少し後ろに下がる。
だけど、こっくりさんのことを視認できていない康太達は、こっくりさんの突進に巻き込まれて吹き飛ばされ───
───ていない。
「───ふぅ...10円をずっと見てて助かったピョン」
「最初の蒼は痛そうだし、オレも当たりたくねぇなぁ...」
視認できていた。10円硬貨があるため、こっくりさんの場所を大体見えていたのだった。
こっくりさんの正確で的確な大きさまでは見えていないだろう。だけど、康太達は感覚で避けたのである。
皇斗が感覚でこっくりさんの攻撃を見極めたように、康太達もこっくりさんの大きさを大体感覚で理解したのであった。
「───よし、このまま体育館へ向かおう」
「「「そうだな(ピョン)!」」」
そして、こっくりさんを連れて体育館の方へ向かっていくのは康太達であった。こっくりさんは、康太達を追って進んでいく。
「───おいおい妾のことはほったらかしか?」
勝負を途中で投げられた愛香は、その行為に苛立ちを見せる。
───そして、すぐに出刃包丁を拾い上げて愛香にお尻を向けるこっくりさんにナイフを突き刺し、縦に包丁を振り下ろしたのだった。