6月6日 その⑤
こちらもまた、愛香がこっくりさんとの戦いが始まる前の───否、栄達が四次元に行く前の三次元。
そこ───体育館には男女合わせて6人の人物がいた。
「そうだ皇斗」
「なんだ?」
「オレが取ってきた10円硬貨を知ってるか?」
健吾は、皇斗にそう問う。10円硬貨を手にした健吾は、その後すぐにこっくりさんに襲撃を受けてしまった。だから、10円硬貨は失われたままだったのだ。
「10円硬貨か、すまない。こっくりさんと慶太の双方に襲撃された際に、無くしてしまって手中に残っていない。今現在、こっくりさんの体についているか、誰かが回収したかの2択だろうな」
皇斗は、そんなことを口にしていた。
「そっか...じゃあ、しょうがねぇ...」
健吾だって、流石に襲撃されて首を包丁で刺された皇斗を攻めることはできなかった。別に、皇斗だって無くしたくて無くしたわけじゃないのだ。
「───今日はもう遅いから寝ろ」
「そうするよ、生憎ここ体育館にいる限りこっくりさんが襲ってくること、ねぇし」
こっくりさんに「な」と「は」の2文字を奪われてしまっている健吾は、少し変な喋り方になっていた。
「───大変だな。『は』と『な』を口に出せないのは」
「気付いてたのか?」
「あぁ、その特殊な喋り方で察したよ。それじゃ、那覇もナンパも花札も花浅葱も口に出せないのだろう?」
「正解だ。別の言い方を探す必要がある。元琉球王国の首都だったり路傍で口説く行為だったり日本固有のカードゲームだったり、RGBで1E88A8のカラーって感じで」
本来16進数は、こんな読み方はしないけれど「8」の「は」を禁止されているので、英語で代用しているのだ。どうして、健吾が花浅葱色のカラーコードを覚えているのかは知らない。
「───と、すまない。余が睡眠を推薦したのに引き止めてしまっていた」
「別に構わんよ。どうせ眠れねぇだろうし」
そう言って、健吾は皇斗のいる場所を後にして、現在ぐっすり眠っている稜の隣に移動したのだった。
***
───そして、こちらは健吾と皇斗が会話をしたのとほぼ同時刻の校舎のA棟4階技術室。
そこにいたのは、宇佐見蒼・中村康太・渡邊裕翔・柏木拓人・東堂真胡の合計5人であった。
本当であれば、柏木拓人と東堂真胡の2人はチームが違うのだけれど現在山本慶太と結城奏汰の行方がわからなくなってしまったので、こうして校舎の一角で待機しているのだった。
彼らは、体育館が安全地帯だと気付いていないために、こうして技術室の中で待機していた。
「───全く、2人はどこに行っちゃったんだ...」
「でも、こっくりさんがどこにいるのかわからない今探すことも難しいぜ?」
「そうだな。せめて、こっくりさんの場所だけでもわかればいいのだけれど...」
「じゃあ、10円硬貨を探しにでも行くか?」
「どこにあるのかわからないだろ。男子トイレには無かったんだぞ?」
「女子トイレにあるかもしれないぜ?」
「それは、裕翔が入りたいだけだろ」
そんな会話が繰り広げられる。
「───でもまぁ、ジッとしているだけじゃ何も始まらないし何も得ることはできない。少しだけでもいいから動いてみよう」
「そうだピョン。僕も頑張ってみるピョン」
一度、こっくりさんに攻撃をくらっている蒼も、頑張る決断をしたようだ。康太の言葉も重なり、この部屋にいる5人は技術室の外に出て、動き出すことにしていたのであった。
───そして、彼らは愛香達と戦う前のこっくりさんを見つけて、体にくっついていた10円硬貨を回収することになる。
その為、愛香がこっくりさんと戦闘している現在、場所が不明だった10円硬貨は康太達の元に渡ったのである。
***
───そして、時間軸は現在に戻り。
───と、四次元に「時間が経過する」という概念は存在していないので、現在や過去という表現は少しばかりおかしいだろうか。
適切な表現をするのであれば、これまで話した愛香vsこっくりさんの戦闘に戻り───だろうか。
そこまで、ややこしい表現をするのは面倒なので、DIOが「ザ・ワールドで時を止められる時間を5秒だ」と説明したように、現在という言葉を適用していいことにする。
現在。
愛香は、舌を切り落とされて激昂するこっくりさんを前にしていた。愛香に向けて放たれる3本の舌は、常人には見抜けないようなスピードで動いていた。
───が、愛香は違う。
愛香は常人ではない。通常じゃないから異常であった。
要するに異人───否、偉人。
「ふん、その程度で妾を倒せると思っているのか!」
そうやって、愛香は人の言葉でこっくりさんを挑発する。その言葉が、こっくりさんに届くかどうかはわからないが、こっくりさんは全てをなぎ倒すような勢いで愛香に攻撃するのだった。
愛香は、右に避けてその場にしゃがみ、出刃包丁に上に弾いて攻撃を受け流す。
後ろからの舌をノールックで避けて、目の前から迫る舌に出刃包丁を突き刺してそのまま肉を抉る。
中からは、汚い色をした体液が噴き出るが、愛香はそれをもいとも簡単に避けた。
「このままじゃ、妾のサンドバッグのままだな」
愛香は、そんなことを口にする。やはり、愛香は傑物なのであった。