6月6日 その④
愛香は、利き手である右手に寮から持ってきた出刃包丁を持ち、巨大な口の中から触手を伸ばしてくる異形のこっくりさんを相手に勝負を挑んだ。
「こんな触手、妾は受け付けていない!」
愛香は、剣道をしたことなどないし剣士でも無いので、刀を持って戦闘をしてきたことなどなかった。
それ故に、今回持っている武器の出刃包丁は、完全にイレギュラーであり彼女にとっては不慣れなものだった。
だが、それでも彼女は持ってきたそれを利用するために自分へ向かってきた触手を掴み刺そうと試みる。が───。
「───あがっ!」
愛香へ勢いよく突き進んでいく触手は、そのまま愛香に激突する。そして、愛香を後方へ吹き飛ばすのだった。
このまま、愛香はA棟3階の廊下の最奥にある壁にぶつかる。こっくりさんの触手が見えていたため、愛香は受け身を取ることができたけれど、こっくりさんが見えずに完全な不意打ちだったならば受け身を取れなくても仕方がないだろう。
「これを受け止めていた皇斗は何者なのだ...」
愛香は、そんなことを口にする。見えないながらも、皇斗はこっくりさんの攻撃を受け止めていたらしい。
同じように攻撃を受けた愛香は、その強力さに驚き思わずハッタリだとも思ってしまう。
「だが、まぁ...受け止められないという訳では無いな。次は止められる」
愛香は、そんな言葉を口にする。皇斗に対する対抗意識か、なんの装飾も無くただ受け止められるだけかはわからないけれど、彼女は出刃包丁を握りしめてこっくりさんへと向かっていった。
───そして、対等な戦いが開始した。
愛香は出刃包丁を持ちつつ、飛んでくるこっくりさんの触手を受け止める。そして、手の中にあった出刃包丁を触手に突き刺したのだった。
人間の言葉にするなら「ヌノノノ」と言ううめき声のようなものがこっくりさんの口から漏れ出た。
現在「触手」と呼称している口の中に4本ある鮮やかな桃色のものは、こっくりさんの舌なのかもしれない。
そうなると、口の中に4本と人間からは考えられないような枚数をしているけれど、そもそもこっくりさんの見た目は常軌を逸している。人智を超えている。
牛に胃が4つあるように、こっくりさんに舌が4つあっても何も問題ないのだった。
それこそ、野生のこっくりさんはカエルのように舌を伸ばして獲物を捕まえる───と言った生態なのかもしれない。もっとも、野生にこっくりさんがいるかはわからないけれど。
「おらっ!」
こっくりさんの触手改め舌を刺して攻撃に成功した愛香は、一度出刃包丁を抜いた。
そこからは、青黒い色をした液体がドロドロと流れ出していた。
「気持ち悪い、もう少しまともな姿になったらどうだ?」
愛香は、こっくりさんに対してそんなことを口にする。
だけど、こっくりさんだってやられてばかりではない。
そう、伸ばしたのだった。4つある舌を全て伸ばし、愛香の方へと迫らせたのだった。
───きっと、こっくりさんにとっても初めての痛みだったのだろう。
それもそのはず、七不思議其の弐『トイレのこっくりさん』が始まってから、こっくりさんはただ一方的に三次元にいる七不思議参加者に、攻撃しているだけだった。
冒頭から蒼を吹き飛ばし、稜と健吾をボコボコにして皇斗という猛者と戯れる。
皇斗は、攻撃を受け止めるだけで反撃することはできなかったのだから、愛香の反撃がこっくりさんにとっては初めてであった。
「ふん、触手なんて妾は受け付けぬ!他所でやれ、他所で!」
愛香は、そう言うと左手と出刃包丁を使用して、4本の舌による攻撃をキレイに受け流したのだった。
「───もう少し強ければ活躍の場所があったのかもしれないのにな。貴様は妾の噛ませ犬だ」
愛香はそう言うと、4本ある舌の内の1つをバッサリと切り取った。愛香のその一閃に驚くべきか、ここまでキレイに切り取れた出刃包丁の鋭さに驚くべきか。と───。
「───ッ!」
愛香に舌を斬られたことにより、その巨体を持ち上げて腹部を見せるこっくりさん。
その腹部にあったのは、セミの抜け殻のような色をした腹部───何千何万ものシワの上で構成されたその体で描かれた不思議な形。見ていると、どこか吸い込まれてしまいそうな不思議な形であった。
───そして、次に愛香を襲うのは吐き気。
「なんだ...これは...」
愛香は、体の奥底から湧き出てくるような吐き気と不快感に苛まれる。
「クソ...」
こっくりさんは、体を持ち上げたもののすぐに前と同じような状態に戻ってしまった。体を持ち上げたのは、愛香に不快な思いをさせるためではなく、何か怒りを表すような動作だったようだ。
そして、その怒りの対象は愛香へと向き───。
***
───これは、愛香がこっくりさんとの戦いが始まる前の、三次元。
七不思議其の弐が行われている校舎のB棟1階───保健室での話しであった。
「大丈夫か?慶太。凄い怪我をしているけれど...」
「うん、大丈夫。ありがとう、奏汰」
自らを「生徒会」だと皇斗にカミングアウトした慶太のことを治療しているのは、奏汰であった。
───奏汰は、慶太が生徒会メンバーであることを知らない。