6月5日 その⑫
───愛香と歌穂の2人を、こっくりさん討伐のメンバーに引き込んだ俺は、一先ず救護室に戻る。
「栄、おかえり。大変そうね」
「マス美先生」
救護室にいたのは、マス美先生だった。俺のことを「栄」と呼ぶのは、その正体が俺の母親であるからだ。
「今日───いや、それとも明日かしら?何か大変な予定がありそうね」
「あぁ、こっくりさんと戦闘だ」
「こっくりさんと...」
マス美先生の、その尻すぼみするような口調から、被り物の上からでも何か躊躇いがあることが理解できた。
「怪我...しないで頂戴よ」
「残念だけど、それは約束できない。死なないで───ってなら、約束できるけどさ」
「じゃあ、折衷案よ。大怪我しないで。打撲までは赦す。でも、皮膚を裂かれないで骨を折られないで」
「それは...」
「約束できないのなら、栄を今日と明日ここに監禁します」
「───んな、どうして!」
「心配なのよ...自分の息子が死にかけるのを見てるだけなのは」
マス美先生は、そんなことを口にする。俺は、マス美先生の言葉に何も返すことができない。
「戦うのはそりゃ勇敢よ。友達が困っているから戦う。恋人を助けるために戦う。皆を守るために戦う。カッコいいと思うわ、勇敢だと思う。でも...治す人のことを考えてよ」
「───」
「治す方は、大変なのよ。そっちは簡単に怪我をして帰ってくるけど、治す方だって毎回死力を尽くしているわ。死んでも死なせない───って頑張ってるのよ」
怪我をするのは一瞬だ。でも、治すのは一瞬じゃない。
「痛いだけなのはアナタだけじゃないのよ。私だって、痛いの。私だけじゃない、きっと智恵ちゃんも痛い。だから、恋人を本当に大切にしたいのなら、怪我をしないで頂戴。いや...怪我をしないであげて」
マス美先生は、俺にそんなことを伝えてくれる。
「わかった。マス美先生。いや、母さん。約束するよ」
俺は、マス美先生こと池本望にそう伝える。俺がそう言うと、被り物の中でマス美先生がニコリと笑う───そんな気がした。
「でも、どうしてそんな話を?」
「心配してたのよ、智恵ちゃんが。毎回毎回怪我をしてるからいついなくなっちゃうかわからなくて怖いんだって」
「智恵が...」
どうやら、保健室にて智恵がマス美先生にそんなことを話していたようだった。
俺は、智恵を不安にさせてしまっていたようだった。そこに、マス美先生の───いや、池本望の持つ親心が重なって、俺にそんな話をしたのだろう。
智恵は、自分のことを犠牲にして誰かを守ろうとする、そんな優しい心を持つ性格だった。マス美先生に、俺のことをそうやって相談していてもおかしくない。
智恵は、俺の母親がマス美先生であることを知っているからこそ、そんな話をしたのかもしれない。
「───わかった。約束するよ。入院せずに次からは学校に行けるようにする」
「わかったわ。約束よ」
「あぁ、約束だ」
俺は、マス美先生と───池本望と、そして智恵と約束をする。この約束を破るわけにはいかなかった。
「じゃあ...少し早いけれど抜糸をしましょう。一瞬で終わるし、行くなら最高のコンディションがいいでしょう?」
「そうだね、ありがとう」
マスコット先生やマスコット大先生は、俺の父親だと言うのに、ほとんど俺に配慮をしてくれないけれど、マス美先生は、俺が「息子」であるために、少しだけ優しさを振りまいてくれる。
そこからも、このデスゲームが俺の父親───池本朗を中心に発達していたことが理解できる。
他の生徒に差別が無いように「平等」を掲げているのは、主に池本朗の思想が多分に含まれているのが理解できた。
───そして、俺は、マス美先生に抜糸をしてもらう。
やはり、一瞬だった。怪我をしていたのは背中なので、糸のあるなしで動きは変わらないけど、背中にあった不快感というか違和感はなくなった。
「ありがとう、母さん」
「別に、母親ではなくマス美先生として当然な仕事よ」
「───そっか」
俺は、そう口にする。あくまで、マス美先生としての仕事のようだった。
「それじゃあ、私はもう行くから。好きな時に出て行ってもらって構わないわ。頑張ってね」
「頑張るよ、ありがとう」
そう言うと、マス美先生は救護室を出ていった。好きな時に出て行って構わない───ということは、まだここにいてもいいということだった。
俺は、家に戻ることはなくこの救護室で休眠を取った。
自分の寮に帰ってもよかったけれど、こっちにいる方がもし何かあった時に歌穂や愛香もわかりやすいだろうと思ったのだ。
───そして、俺が寝ている間にすぐに時間は経ってしまい。
「起きろ、栄」
そんな声と同時に、俺の頭が何者かに小突かれる。
容赦もなく、俺の頭を小突いてくるような人物は、一人しか考えられなかった。
「んんん...もう時間か?」
「何を寝ぼけておる。もうすぐ12時になる。早く向かうぞ」
俺を起こしたのは、愛香。その後ろには、歌穂の姿も待った。
───俺達3人と、こっくりさんとの四次元での対決はもうすぐのところまでやって来ていたのだった。