6月5日 その⑧
───一体全体、どのくらいの時間が経っただろうか。
本来であれば、猛者同士の戦いというものはものの数分で決着がつく物が多い。もちろん、例外も存在するけれども。
皇斗とこっくりさんの勝負が始まり、早くも15分。休みなどはなく、皇斗は思考を止めることなく戦闘を行っていた。
だけど、皇斗はこっくりさんに一撃も食らわすことができていなかった。もっとも、皇斗も一発だって食らっていなかったけれど。
「───そろそろ逃げたほうが良さそうだな...何も、倒す方法が存在していない...」
皇斗は小さくそう呟く。目の前にいる───いや、いない───いやいや、いるとされているこっくりさんを相手にするのは、そう簡単なことではないのだった。最強である皇斗だから、これだけの長時間戦闘を行えているだけで、他の人物が相手をしていたら、ここまでの長丁場を一撃も食らうことなく耐え抜くことはできなかっただろう。
それこそ、攻撃に気付くこともなく吹き飛ばされて一文字失う───というのが関の山だったはずだった。
また、皇斗の最強伝説が1つ増えてしまったが、そんなことを気にしている暇はなかった。
「───今だ」
いるとされているこっくりさんからの攻撃を終えたことを、手元の感覚から察した皇斗はこっくりさんの体にくっついては震えている2枚の10円硬貨を回収した後に、すぐにその場から撤収したのだった。
───と、皇斗はこの戦闘で数個気付いていた。
まず、こっくりさんはこの世に存在していない。
───というのも、「こっくりさんは幽霊だ!」なんてことを言いたいのではない。
この一文が表していることは、「こっくりさんは肉体を持っていない」ということだった。
質量と体積を持たず姿を見ることさえできないこっくりさんは透明や不可視───という訳ではなかった。質量や体積が無いのだから、そこに体など最初から無かったのだった。
だけど、蒼や稜・健吾などを吹き飛ばした通りに、こっくりさんはデスゲーム参加者に攻撃することが可能である。その理由を、皇斗はこっくりさんと戦闘───いや、皇斗側は攻撃することができないから防戦をしながら考えていた。
そして、その結果次のような答えがでた。
───こっくりさんは、四次元から三次元に干渉している。
四次元から三次元に干渉する───というのがどういうことかわからない人もいるだろう。
「四次元から三次元に干渉する」ということを、説明するには両方の次元を落とすことで可能だった。
要するに「三次元から二次元に干渉する」ような具体例を出せば、それと同様な状況が四次元から行われている───と考えればいいということだった。
例えば線を引く。例えば、消しゴムで何かを消す。
二次元に入りこめば、線を引かれることも消しゴムで消されることも理解不可能な現象だろう。それと同じこととが、四次元から三次元にいる皇斗へと行われたのだった。
そして、二次元から三次元に干渉できないように、三次元から四次元も干渉することができない。それ故に、皇斗は攻撃を受け止めることまではできるけれど、こっくりさんに攻撃をする───ということはできないのだった。
四次元にいるこっくりさんにどうやって勝利するのか。きっと、殴り合いで勝利することはできないだろう。だから、今回の七不思議は「こっくりさんに勝て」ではなく「こっくりさんに鳥居を潜らせろ」という内容なのだった。
「勝てない相手に長々と勝負をしてしまったな...後をつけられている訳では無さそうだから問題はないだろう...」
皇斗は、硬貨を1枚投げることで後ろに接近しているかどうかを確認していたのだった。現在、皇斗の手元に全ての───合計2枚の10円硬貨が集まってしまっている。それもどうにかしなければならないだろう。
「───さて、ここからどうするか...だな」
まだまだ、本日の七不思議が終了するまでの時間からは程遠い。七不思議が開始して、まだ1時間も経っていなかった。
皇斗は、今後どうするかを思案する。皇斗であれば、こっくりさんに敗北こそしないが、鳥居まで連れて行くことは難しそうだった。
無理ではないけれど、時間がかかるのは自明の理だろう。それこそ、1歩ずつ下がりながら鳥居まで移動する───という方法を使用するくらいしか無さそうだった。
「それならば、せめて1階で再度こっくりさんと邂逅したいのだが...」
そう言いながら、階段を降りる皇斗。そこですれ違ったのは、一人の人物だった。
「お前は...」
「お前だなんて酷いなぁ...僕の名前は慶太だよ。山本慶太。確かに印象は薄いけど、名前くらいは覚えてほしかったな...」
B棟の2階と3階を繋ぐ階段で皇斗が出会ったのは、山本慶太であった。
「上にはこっくりさんがいるぞ。気を付けたほうがいい」
「忠告ありがとう。だけど、大丈夫だ」
「なぜだ?」
「何故かって?教えてあげるよ。だって、僕は───」
慶太がその言葉を口にする刹那、皇斗は背後から殺気を察知する。それと同時に、その攻撃から身を守るように防御の姿勢を取った。
───そこには誰もいない。
要するに、こっくりさんがいたのだ。それと同時に───。
「───僕は生徒会メンバーだ。沙紀ちゃんと同じ───ね」
皇斗の首には、慶太が取り出していた鋭い刃物が深く突き刺さっていた。