6月5日 その⑥
「こっくりさん、が...」
健吾は、女子トイレの最奥の壁にまで吹き飛ぶ。そこには、不可視の怪物───暴走したこっくりさんがいることは、空中で震えている10円硬貨を見ても、急に吹き飛ばされた現象を見ても明確だった。
「───ッ!」
その時、健吾は本能的に「な」を使用したら死亡してしまう───ということを理解する。
これも、こっくりさんがそこで暴れていることへの証明に加算するだろう。
「クッソ...稜を助けてここから逃げねぇと...」
健吾は、ゆっくりと立ち上がる。背部がじんじんと痛む。
その痛みを無視して、体をどうにか動かして、稜との合流を図った。
───が、まだ外にいたのだ。例の怪物───こっくりさんが。
「───うおッ!」
健吾が女子トイレの外に出たと同時に、B棟がある方向の逆───要するに、A棟の行き止まりがある方向へ吹き飛んでいった。
幸い、吹っ飛んでいった方向に稜がいたことは救いだろうか。稜も、既に立ち上がっており逃げる準備ができているようだった。
───その時、健吾が理解する。
先程の攻撃で「な」だけでなく「は」も使用不可能にされたことに。
「また取られちまったか...稜、逃げるぞ!」
稜に声をかけた健吾。稜も、その声に従って、別の階へ逃亡することを選択したのだった。
───が、目の前にいる不可視の怪物───こっくりさんのスピードで、2人を逃すなんてことが起こること皆無だったのだ。
「───ッ!」
2人に対して向けられる凶刃。
───が、その凶刃が2人に当たることはない。
「───皇斗!」
「逃げろ、お前ら。ここにいるのだろう?」
そこにいたのは、皇斗だった。見えるはずのない怪物が、触れないはずの怪物の攻撃が、受け止められる。
「皇斗...どうして!」
「B棟の方で10円硬貨を見つけた。それに導かれてここに来たら2人が吹きとんでたという訳だ」
「攻撃...止まってるのか?」
健吾の質問。
姿も見えないし、質量もないはずのこっくりさん。実際に、こっくりさんの体に触れることはできない。
だからこそ、攻撃は受け止められないはず。
「───吹き飛ぶということは力が加わっていることだ。姿がなくても攻撃を受け止めることができれば、それはダメージ判定にはならないし、止めることもできる。もっとも、そんなことができるのは余と鈴華位だろうけどな」
冷静にそう口にする皇斗。
その場に存在しないこっくりさんを捕まえることはできない。だけど、その攻撃を受け止めることはできる───ようだった。
「最も、この攻撃の原理はわかっていないけれどな。触れることできないものに質量を感じることは普通、あり得ない」
そう、透明人間だって、物質的に考えてはその場にいるのだから触れれば、そこに存在していることがわかる。
だけど、こっくりさんは違う。現在、こっくりさんからの攻撃を受け止めている皇斗は、こっくりさんに触れている感覚がなかった。それなのに、押し潰そうとしてくる力だけは感じているのだ。
触れていないのに力は感じる───その現象は、普通の世界の法則を考えればあり得ないことだった。
───だが、皇斗は"天才"だった。
それ故に、世界の法則の綻びというものに気付いていた。その不可解な事象を証明することが、あまりにも非人道的で残虐な行為であることも知っていたから、その証明を行うことはできなかったけれど、地球に置いて成り立っているとされている法則───万有引力や天動説などは皇斗にとっては限りなく小さな嘘を包含した真実であったのだ。
皇斗は、だからこそ「世界の法則」を当たり前と捉えることはしなかった。今回、皇斗の中で否定されたのは質量保存の法則だろうか。エネルギー保存の法則だろうか。
「健吾、稜。早く逃げろ。守っていては戦闘───いや、先導できない。こっくりさんを撒くことも負かすこともできないんだ。そそくさ逃げてくれ」
幸い、こっくりさんは現在、いくら力をかけて押し潰そうとしても耐えきる皇斗に集中しているようだった。
だからこそ、健吾と稜の2人が逃げても気付かずに済んだ。命を救われた2人を追うのを辞めて、皇斗に集中しよう。
「行ったようだな」
皇斗はそう呟くと、目の前にいる───否、いない怪物の攻撃を弾く。
怪物───こっくりさんは、攻撃を弾かれたことで更に憤慨したようだった。皇斗は、体積と質量を持たないこっくりさんの体を通り抜けてどうにかその場を後にする。もちろん、空中に浮いている10円硬貨は2枚とも回収した。
「逃亡する───いや、まだだ」
皇斗が10円硬貨を弾くと同時に、吸い込まれるようにして皇斗の上部に上がって震え始めた。そして、その10円硬貨は皇斗の方へ迫ってくる。
───その動きが表しているのは、こっくりさんが更に攻撃を行おうとしているということだった。
「相手をしてやる、怪物。お前の隠している秘密を暴いてやる」
皇斗は、見えない怪物の前にそう宣言する。
第5回デスゲームの最強vs物理的に存在していないこっくりさんの勝負。
皇斗に勝ち目がない、理不尽に見えるような勝負だがその結果は───。